詩作をするとき自己満足でいいのなら 「ぴるる」とか「はにゃ〜ん」 だけで構成されててもいい自分だけのものとして作るなら それも一つの表現である。 それに対して詩を発表・公開するときは「自分だけ」がわ かる表現では、誰かに「伝える」という目的を達成するこ とはできない。 カンバンに例えるならば 「海」に関するカンバンをつくるとする。 「海」とだけかかれたカンバンがあったら何を伝えたいの かがよくわからない。そこから海が近いのか、そこが海と いう地名なのか、逆に周りに海はないのか。 「海があること」を伝えたいのなら 「海近し」とか「海まで1キロ」とか「海はこっち→」と いうわかりやすさを追求した表現をしたほうがいい。 こころの状態を表現する一手段が「詩」であるとしたら詩 はある意味カンバンといえるかもしれない 自分にだけわかればいいなら、自分にだけわかるように書 けばいい。 しかし発表・公開するときは発表・公開するに至った目的 があるのだから、それを達成するための表現技術を駆使す る必要がある。 「わかってもらいたい」という欲求を 「伝える」「コミュニケーションする」という目的を達成 したいから。 自分が詩をつくる理由の一つとして 「詩が好き」というか 「詩に親しんできた(愛着がある表現)」 ということがある。 好きになった理由としては、作品の持つ魅力というか こころの揺さぶられかたがとても直接的で衝撃的だったか ら。 親しんできた理由は自分に表現方法がよく合っていたから。 それがあいまって、自分が受けた詩による影響をだれかに も与えることができたらと思うようになった。 元気をもらったこと。 こんな悲しい思いをしてるのは自分だけじゃなくてそんな 思いを抱きつつも日々を過ごし、詩を綴り、生きることを やめなかった姿をそこにみたときの勇気の発露。 せつなさにはりさけそうな心を静かに見つめる強さを教え てくれたこと。 そんなことを誰かにはたらきかけられたらと思っている。 そのためには、「伝える」ことのできる表現のレベルのも のにしなくては意味がない。それを為すために磨きをかけ ようと思う。