2.
「じゃ、行ってくるぜ」
「おお、うまそうなヤツを頼むぜ」
獲物探しはベル公の方が上手い、というか獲物の方で奴を見つけたところで魔物だなんて思いもしないだろうからうってつけな役目だ。
「カエルとハエトリグサに気をつけろよ」
しかし運が悪けりゃ魔物だってのに奴が逆に食われることもあるだろうから、ちっこいってのは難儀なもんだ。
ベル公の姿が見えなくなったので俺は俺で鼻をきかせて、辺りをうろうろし始めた。
「ふう、森はいいぜ」
暇だからってねぐらの中に閉じこもってるのはよくねぇしな。
「ん…ふわぁぁ」
なーんかあくびが出るな、よし眠気を取るために軽く走るか。
腕をぐるぐると回し、四肢を地に下ろす。
足場をならし、前を見据え、コースを決めた。
「よーし、行くぜっ!」
だっ
と駆け出した瞬間
「おっおい!!ツトム!!」
と、ベル公が目の前に飛び出して来やがった。
「うお、いきなり現れんじゃねえよ!」
急ブレーキをかけてバランスを崩しつつ俺はベル公との衝突を回避した。
「んなこたぁどーでもいいんだよ!」
「何コーフンしてんだ、どーしたんだよ」
「そ、それが、、、ああ、いいから来いよ!」
説明するのももどかしいといった様子でベル公は飛び去った。
「お、おい!」
オレはベル公に続いて森の奥へと走った。
いつになく急かしやがって…、いったい何があるってんだ。
「ほら…あそこだ」
この森の中でも不自然なくらいに開けた一角(多分人間が木を切り倒したんだろうが)。
ベル公の指し示したところに俺は珍しいものを見つけた。
「……人間のガキじゃねえか…」
そう、そこにはなりの小さな人間が横たわっていた。
粗末な服に身をつつみ、髪飾りをしている。
(しかし、何だってこんなガキが一人でこんな森の奥まったところにいるんだ?)
と、オレは不審に思ったが
「おい、早いとこぶっ殺していただこうぜ!!」
ベル公が急かしてくる、相当ハラ減ってんだなコイツ。まあここ最近は狩りにも来てなかったしオレのおこぼれにあずかることで食いつないでるんだからしょうがねえか。
「…ああ…そう、だな」
「人間の腐肉なんか久しぶりだぜ〜」
気が早えな、腐るのには少し日が経たなきゃだめなんだから今すぐ食えるわけじゃねえのに…、やれやれと思いつつ獲物の方へ振り返ったとき
「……ん?」
オレはもう一つ、別の違和感を感じて獲物を凝視した。
「…どーした?」
ベル公がいぶかしげにオレの顔を覗きこむ。
「…いや、あのガキ、もう死んでんじゃねえか?」
そうだ、さっきからまるで動きがない。うつぶせになったまま何かをしているわけでもない。
「確かに…動いてねえな」
ベル公も気付いたようだ。
…人間め、仲間の亡骸ををほったらかしにしていくなんざ自分勝手なもんだな。しかもこんなガキを。ま、オレの知った事じゃないが。
「ちょっと確かめてみるか……」
オレは一応、という感じで音を立てないようにそっと近づき耳をそばだてた
(すぇ、すぅ)
呼吸音がする、ってことは
「……息はしてるようだな」
「気絶してんのか…とりあえず殺ってくれよ」
こいつには生きていようが死んでいようがどっちでもいいんだろうな、ま、オレにとってもだが。
「…ああ、そうだな」
と、どう殺るかを考えてもう一歩近づいたとき
「う、う〜ん…」
そのガキが寝返りをうつようにして急に動いた。
「おわっ、起きやがった??」
オレ達はなぜか少し後ずさってしまった。…ったくベル公め、びびってんじゃんねえよ。
そのガキはぼんやりとした、それでいて少し苦しそうな様子で頭を持ち上げ、
「あ…頭痛い…」
と言ってこめかみの辺りに右手をやり、空いているもう一方の手を支えにして体を起こした。そしてキョロキョロと辺りを見回して…
「………」
何もしゃべらない。
「………」
ベル公も。
「………」
オレだって。
…何も先に進まない…何だよこの沈黙は…。
あまりの何もなさに耐えかねてオレはベル公に水を向けた
「おい、何か言えよ」
「ほぇ?」
と思いがけずガキが反応しやがった。
ガキの体が少しピクっと緊張したように見えた。
そしてまた少しの間があった後、
「そ、そこに隠れてるのは、だ、誰??」
とそのガキが少し動転しているような感じで叫んだ。
「いや…隠れてないっての…」
思わずつっこみを入れてしまったものの、ガキは止まらずしゃべり続ける
「あ、あの、どちらさまですか?」
(はぁ?…「どちらさま」って…魔物を目の前にして…いや、ベル公は普通のハエにしか見えないだろうが、しゃべってるわけだし、オレはこのとおりのトラの姿で2本足で立ってしゃべってるわけだし…)
とそこまで混乱しつつも考えたとき、
(あれ?コイツ…もしかして…)
と1つだけ納得のいく仮説が浮かんだ。が、ベル公が先に言った。
「お前、…もしかして目が見えないのか?」
「えっ、そのとおりですけど…どうしてわかったんですか」
(どうしてって言われてもなぁ…)
とオレたちは目を見合わせ、このつかみどころのない(扱いに困るともいえる)ガキにどう対処したらよいものかと首をかしげあった。
「なぁ、お前どーやってここまで来たんだ?」
「えっ、ここ、………ってどこですか?(汗)」
(これだよ…何なんだよコイツ…)
オレはもう何も言えなくなっていた。まともに対応しようとするベル公が珍しく頼りになる。
「お、お前…もしかして、目も見えないのに知らないとこに1人で来た…のか??」
「はい!趣味は冒険なので」
(…こりゃ、本物だな…本物のバカだ…)
気力を振り絞ったベル公の質問は続く。
「で、お前…どこに住んでんの?」
「クライシスタウン、…ですけど」
「クライシスタウンか…何だ、結構近いな」
山を下りてすぐのところにある街だ。まあ一人でここまで来れない距離じゃあ…ないな。
って、ようやくオレが口を挟めるレベルの話になってきた、やれやれ。
「…しっかし、よく魔物に襲われなかったな…」
ベル公の言うとおりだ、人間は武器を持った奴だって一人じゃこの山には来ないのによ…
「えへへ、昔っから運だけは良いんですよ〜」
(………やっぱりコイツは…バカだ。間違いない…)
「まぁ、とりあえず俺らの家にでも来いよ」
「は?…俺『ら』の家?」
何言い出すんだベル公?
「…え、でも…」
「どーせ1人じゃ帰れないんだろ?」
「おい、ちょ…、」
主人を置いて話を進めるな、と言いたかったのだがこの状況に対応しきれていないオレの思考と口はまともに機能しなかった。
「じゃ、じゃあ…」
「よーし!さ、行くぞ、ツトム」
いつのまにやら話は決まってしまい
(な、何でこんなことに……)
その消化できない不可解さに支配され、オレはベル公に先導されるままに家へと歩を進めていた。
ガキは少し離れてついてくる。
(…調子が狂いっぱなしだ。)
(それもこれもだ…この女、本当にあの醜い人間なのか??)
(こんな人間見たこともねーぞ…、大体人間ってのは…)
ちらちらと後ろを振り返りつつそんなことを考えているとオレののろのろした歩みにイライラしたのかベル公が小声で話しかけてきた
(おい、ツトム。早く連れて帰って食っちまおうぜ?)
(ん、あ、ああ、そうだな…)
(お前、どーしたんだよ?)
我ながら少しはっきりしない返事だ、ベル公がつっかかってくるのもムリはない。
(あん?べ、別に何でもねーよ)
モヤモヤをふりはらうようにそう言ったもののオレは迷っていた。
(こんな不幸なヤツ食って呪われねぇかな…?)
いや…違う、そういうことじゃなくて…と頭を振る。
(コイツ、何か食っちゃかわいそうな気がするな…)
(目が見えないなんて…)
オレは試しに目をつぶってみた。
風の流れ、明るさ、木々の気配、様々な臭いや音。
それを感じられるから暗闇だからといって歩くだけならさほど困難なことじゃねえ、オレたち魔物にとっては。
再び目をあけてガキに振り返る。
でも、人間の感覚じゃまともに歩くこともムリなんじゃねえのかと思えてくる
鼻も耳もロクに効かねえ、火がなけりゃ夜は一歩も歩けねえのに…
なのにコイツは…よくもひとりでこんな山奥まで…
(しっかしコイツうまいのかねぇ)
ベル公の調子は変わらない。
(相変わらず食うことしか考えてやがらねぇ…まったくこいつは…)
と思いかけて、
(いや…)
と俺は自分の心のありように戸惑った。
それが普通なんだ。
なぜなら、このガキは獲物だから。
(じゃあ…、オレは一体…、何を考えているんだ…?)
さっきの人たち、足音小さいなぁ…ほとんど1人の足音にしか聞こえないよ。
何かしゃべってくれるといいのになぁ。声でも聞こえてないと急に曲がられるとわかんないし…
あ、そう思ったら少し声が…ラッキー!
?な、なんか小さい声…
ないしょ話、かな?
聞いちゃいけないかなぁ…でも、何の話なんだろう…
………、いいや。気にするのやめよう、せっかく親切にしてくれてるんだし。
うーん、それはそうと、昔、お母さんに知らない人についていっちゃいけないって言われたんだけどなぁ…。
…………ま、この人たち、良い人そうだし、いっか。
そんなこんなで考えごとをしているうちに「俺の」家に帰ってきた。
虎井さんちのツトムくん第3章へ(準備中)
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