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本はデリケートである。長く読み継がれることが(図書館の)本の幸せ との思いからか 保護フィルム(高校ではブッカーと呼んでいた)等で覆われてはいるが、 その強度にも限界はある。 ゆえに大事に扱わねばならないが、自分の本でないということでか ぞんざいな仕打ちを受けている本を目の当たりにすることがある。 その様はどこか、体育館裏でうつ伏せ気味に体を横たえ、 しくしくと涙を頬と地面の間にすべりこませている 光景に通じるものがある。 言ってみれば図書館の職員さんの目に付かないところで本がいじ められているような感覚に襲われるのだ。 「おぉかわいそうにねぇ」と昔話のおばあさんのような気持ちで 直してあげるのはなかなかにやるせなく寂しいものである。 棚に「置けば」「入れれば」いいというものでもない、 職員さんたちはきちんと並べているのだから。 棚の中の位置が問題である。 かわいそうな姿の基本は「横置き」である。
次に「前置き」。
あとは物悲しさ最上級の床置きというものもある。
しかしきちんと整理されているようでも一ミリの隙間もなくぎゅうぎゅうに押し込まれて いるものもあるので油断はできない。無理をして引きずり出そうとすれば自らの手で本を 傷めてしまうことになり、ジレンマである。 いずれにせよ本は取りにくいし、傷む一因ともなろうし、 マナーの崩壊を助長することは想像に難くない。朱に交われば赤くなる。 「悪いことは真似しちゃ駄目」ということばの前に背中で教えることがあってほしい。 次に置かれる場所。棚への「収められ方」は正しいのだが置かれる位置が どうにもこうにもという場合がある。 ときにとんでもない所で迷子になっている本を見ると、元の所に戻そう という意志はあったのだが記憶が追いつかず、返却台に戻すことも ためらってしまう奥床しい人が置いたのかという思いにとらわれる。 しかしごくまれに 何かしらの意図というか小さな悪意を持ってそこにおかれたのではないかと 疑念を抱きたくなる本に出会うこともある。 「星」新一氏のショートショートのハードカバーを天文の棚に置いた人に はもう一ひねりほしいなと思い、病気関連の風邪の本の隣にゴッホの画集を 置くのはあまりにもストレートだなと感じ、「ぐりとぐら」の絵本を 料理本の中に見つけたときはいつかここから小さな芸術すら生まれるのではと錯覚し てしまいそうになる。でもダメである。 探す人が困るのには変わりがない。 そういうことは美術館とか自分のアトリエでやって下さい。
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