その8

「 Libraryのトップに戻る ] [ 1つ前に戻る ]

利用者同士の関係:雑記帳


コミュニケーションノート・雑記帳というものがあちこちに存在する。主に不特定多数の人が 訪れる場所で設置されているようだ。
喫茶店、ペンション、旅館、各種アミューズメント施設。 WWW上の掲示板のようなもので自前ならタグも画像はりつけ も自由なものといえる、管理者による削除は物理的に行われるため「なにか あったな」とわかるのがおもしろくもあり不快でもあり。

さて、そんな雑記帳が図書館に存在することがまれにある。
この図書館の場合、設置の主旨は交流の場、図書館資料についての 情報交換の場の提供というもので、現状と歴史からみるとそれは概 ね成功しているようである。

が、時に事件はおこる。
それはノートの破損であったり盗難という物理的なもから 誹謗中傷、プライバシーの侵害、低俗な書きこみやページの無駄遣いといえる 浪費による心理的なものまで。

また、時にドラマも生じる。
人生相談、自殺を匂わせる内容。
丁丁発止の激論。恋愛めいた展開。

しかしルールとしてここにあるのは「自由」の尊重。言論、表現の自由である。 ノート上のことはノート上で決着をつける(言葉には言葉で返す)というルール。 言論の内容が気に入らないからといって実際の暴力や嫌がらせによって 相手を害してはならない。 自由には責任が伴う。
自分の言葉にどんな言葉が返されようと受け止める責任がある。 言いっぱなしで聞く耳を持たず、勝手な発言を続ける者は駆逐される。 そこに「場の公共性」が息づいている。
主要メンバーによる私物化・停滞・固定化とも言われ ることもある。しかしながら存続はしている のだから誰かが何かをここに求め、与え、得ているのだろう。

キーワードが一つ。
「ノートを待つ」
ということである。
ネット上のBBSと違い、ノートを見る(読む・書く)ことができるのは 誰も見ていないときに限られる。そこになければ戻ってくるまで待つしか ない。 (「ノートの所在を求めて館内を探索するのも楽しい」という証言も 存在するが) その特性が生み出すドラマもまた存在する。
ノート利用者たちは顔見知りではない、顔も知らない文字だけのつながり である。この辺はネットと同じ。 自分の自画像・プリクラをわざわざはりつける人もいるが、ヘビーユーザー ほどプライバシーの漏洩には気を遣うためそういう人物の素性(外見)を とらえるのは難しい。 しかしまれにその現実の存在を確認できる瞬間がある。 それは誰かがノートを戻すとき、手に取るときだ。 ノート置き場付近でこっそりと何気ないふりをして見張る。 ノートを置きにきた人物が去ったら素早くノートを確認し、最後の書き込み のペンネームをチェック。ただし読むだけの人(ROM)だったり今回は読ん だだけだったりもするので断定は禁物。同様に自分が書いたすぐ後に持っていった誰かが書き込 んでいるのを目撃したらそれを次回にチェックする方法もある。
(一歩間違えればストーカーだが、、、)

わかったからどうだということもないのだが、知りたがる人、ノート以外の おつきあいを求める人がいるのもまたネットと同じ。正常な友人関係が生まれる こともあるが、同時に実際に会うがゆえのトラブルやその後のノート上 でのいざこざ、現実での遺恨も生まれる。 それゆえ接触する際は慎重に、とは思うのだが無防備というか女性というか 女子学生の方がヘビーユーザーに会いたがる。 彼女たちの一部には学校や友人関係に疲れて安心できるコミュニケーション の場としてこのノートを頼ってくる人もいる。 その落ち着ける感覚を恋愛感情のように感じる(勘違いする?)のだろうか。 まあ逆に過剰な恋愛感情を求める大勘違い男性の方が迷惑度は高いので そちらの方により注意をしたいとは思う。

利用者同士のサロンというのに加え、居場所を無くした人たちの保健室のようだ。 人間関係に悩み、ノートにコミュニケーションを求める人の人間関係のリハビリ になればと思い、私はつらつらと書き続けている。


「 Libraryのトップに戻る ] [ 1つ前に戻る ]