放課後の遺言状


1


午後4時を過ぎ、がらんとした貸し出しカウンターに立ち思う。
意味のないもの、それは図書委員会の昼休み・放課後当番表。
数年来の伝統らしいが出席確認もなく、来なくても誰も咎めない寛容な姿勢が災いし、決められた通りにメンバーがそろうことなど委員の任期の替わった第一週ぐらいしかないという状況を生んでいる。6人制の当番なのだが1人くればいい方で2人来ることは奇跡とまでいわれている。
では本の貸し出しやもろもろの委員会の雑務はどのように行われているのかというと、これがまたうまくしたもので都合よく起きる奇跡によって成り立っているらしい。
僕のように物好きというか「図書館好き」という性質を持つ者が委員の中に毎年数名おり、当番でもないのになんとなくたむろしているついでにその仕事をやっているという。その奇跡は今年も起こり、自分と数名の後輩がこのカウンターの住人となっている。

しかし例外となる日もある。
それはきっちり当番がそろうという前代未聞の奇跡ではなく、「数人がたむろす」という点においての例外で、一人だけの当番になることがあるのだ。

後輩たちはそれぞれに部活に所属しており、その活動日には当然図書館には来ない。
部活が早めに終わればそれから来るということもあるにはあるが、図書館の閉館の方が早いことも多いので後輩たちの部活が重なると僕一人ということが生じるのだ。
ちなみに僕も一応は所属する部はあるのだが、活動が事実上行われないようになってしまって「だべり部」と化しているのでいても仕方がないと判断し、ここにいるのだ。逃避といえるかもしれないが図書館の役には立っているのだから見逃していただきたいなどと勝手な理由づけをして。

別に一人だからといって大変なわけではない。
貸し出し希望者が殺到することもなく、新規に入った本の整理をするくらいの作業しか普段はないので不満も特にないしうまく流れているのだからやる気も意欲もない人にことさら出席を訴えることもないだろうという状況だ。6人もいたらこの狭いカウンターの中に入りきらないし。

というわけで今日がその例外の日。閉館時間も近づいた、図書館の鍵を託された僕が閉館を決意
すれば本日の「営業」は終了となる。

相変わらず人の少ない、というかほとんどいない館内。
静寂が心地よい限りであるが寂しくもある。
ひょっとしたら誰もいないのではないだろうか?
僕がここにいる意味はあるのだろうか?
そんな存在意義不安を抱えつつ当番日誌を書き終えて「一応」と
いう感じで見回りに出かける。
静かに居眠りしている人でもいたら閉じ込めてしまうことになる。
それは切ないだろうし、あとあと問題にもなるだろうから。

雑誌棚付近、いない。
文庫・寄贈図書棚付近、いない。
他にカウンター席から見えないのは辞書、百科事典棚奥の小さな机の所だけ。
あそこに机があるのを知っている生徒は少ないから、まず誰もいないだろうけど。

でも委員の中では穴場として人気がある席だ
窓があってグランドとかも見えるし、昼寝するにも静かでいい。

あれ?
いる、人が1人、見覚えのない女の子だ。
あの上履きの色からすると1年生か。
委員でもないのにあそこを使っているとは、なかなかの生徒だ。
とりあえず閉館のお知らせをしなくては、ということで控えめに声をかける
ことにした。

「すいませーん、そろそろ閉館でーす。」
と、その女の子はぴくっとこちらを向いた。
机の上には紙が数枚あり、様子からするとまだ何かを書きかけて
いるようだった。それと国語辞典が2冊置かれている、国語のレポート
かなにかだろうか?

彼女は紙に視線を落とし少し表情を曇らせたようだった。
やはまだ書き上がっていないのだろう、手にしたシャープペンを
あせるように上下させている。
(、、、まあ、、、いいか、急ぐ用事があるわけでもないし)
そう思い
「あ、いいですよそれ書き終わってからで、ちょっと残ってる仕事やって
ますから終わったら声かけてください。」
と早口で言ってカウンターへと戻ろうとした。
が、彼女はそそくさと片付けをしつつ
「いえ、いいです、帰ります」と言い、荷物をまとめるとすいっと出口へと
向かって歩いて行った。
(そんなに急がなくてもよかったのに、、、)
急かしたようでちょっと悪い気がして、その後ろ姿にを僕は

「お疲れさま」

と、声をかけた。すると彼女はつっと立ち止まってゆっくり顔だけふりかえり、
会釈をして図書館を出て行った。
「お疲れさま」って変だったかな?仕事をしてたわけじゃないし、「さよなら」でよかったかな?
などと思いつつ何気なく彼女の座っていた席を見るときれいな夕焼けが差し込んでいた。運動部はまだまだ練習をしているようだ。
がんばるなぁと思いつつ窓に近づく、と辞書が1冊置かれているのに気づいた。
彼女が使っていたものだろう、急がせたから棚に戻すのを忘れたのかな?
ま、戻しておきましょう。と思って背表紙を見たところ違和感を覚えた。
これは、ここの辞書じゃない。なぜなら整理用のラベルが貼ってない。
彼女のものだろうか?もう1冊の方が図書館のもので、あせって間違えて鞄に入れてしまった
のだろうか?急かせて悪かったなぁと思いつつ、彼女が間違いに気づいて戻って来るのではと思い、15分ほど待ってみたが空振りに終わった。

明日朝一番にでも来るかもしれない、そうだとしたら明日は早めに来て待っていて
みよう。そう決めて忘れ物の棚にその辞書を置いて帰ることにした。

2

開けて翌日。
朝のホームルームの始まる15分前に図書館を開けた。
担当の専任司書さんは時間ぎりぎりに来ることが多いので閉館と同様に開館時間も僕に任せられている。少し問題ありな体制ではとも思うがそれが幸いしてこのように自由な開け閉めができるのだから
「よし」としている。

さて、鍵を開けてしまえば取りたててする仕事もない。忘れ物のお知らせプレートを入り口から見えるように向きを変え、昨日の辞書をその横に置いて準備完了。あとはボーッとしながら彼女を待つとしよう。

しかし彼女が来るという確証もないのに待っている自分も少し気の回しすぎだなと思わないこともない。
まあ、誰に迷惑をかけるわけでもないし、彼女が閉まっている図書館の扉の固さに落胆する事態を防げる可能性が少しでもあるならそれでもいいか、と思いながら全開にしたガラスの扉の向こうを見つめていた。

たたたた、、、

下の階から階段を駆け上がる足音がする。
程なく一人の女の子が図書館のある4階に現れた。
ちらっと見ただけなので顔はよく覚えていないが、背格好からするとおそらく昨日の彼女だろう。後輩たちに「営業用スマイル」と言われる多少ぎこちない笑顔を作り、声をかける。
「おはようございます」
「え?あ、、おはようございます。あの、えっと、、、」
こんな時間に開いているか半信半疑だったのだろうか、少し意外そうな面持ちで挨拶を返してくれたのは昨日聞いた声の持ち主だった。言葉につまった彼女に僕が
「昨日、この辞書をお忘れになりませんでしたか?」とカウンターの上を指し示すと。
「あ、、、そうです、私のです。」
彼女はそう言って辞書を手に取り、かすかにほっとした表情を浮かべた。
「あの、、、」
彼女は続けた
「ありがとう、ごさいました」
小さくお辞儀をすると彼女はくるりと踵を返し、「たたた」と階段を降りて行った。
(よかったよかった)と、一人でうなずいていると
「先輩」と呼ぶ声が扉から聞こえてきた。
「あの子とお知り合いなんですか」
「おはよう、由紀ちゃん、今日は早いね」
声をかけてきたのは後輩で僕と同じく図書委員の松原由紀江ちゃんだった。
「おはようございます、ねぇそれでどうなんですか?」
「何が?」
「だから今の子と」
「いいや、昨日初めて見かけた、、、というかちょっと声をかけただけで、ちゃんと顔を見たのは今朝が始めてだよ。」
「ふーん、やっぱり」
何かを一人で納得したような由紀ちゃんに僕は逆に質問を返した。
「由紀ちゃんは知ってるの?」
「ええ、一応クラスメイトですから。彼女、涼風(すずかぜ)さんっていうんですけどおとなしくて全然目立たない子なんですよ。その彼女が先輩とお話してるなんてどうも繋がりが見えなくて、いろいろ想像しそうになったんですけど」
いろいろ想像?それってどういうこと、と言おうとしたときにホームルームの5分前のいわゆる「遅刻者への審判のチャイム」が鳴った。「あ!」と2人同時に叫び、僕は「放課後ちょっと聞きたいことがあるから」と言って自分の教室へと駆け出した。

3

「先輩、さては惚れましたね。」
放課後、図書館で先に来ていた由紀ちゃんに声をかけるといきなりこんな反応だった。
「いや〜、ああいう子が好みだったんですねぇ〜、いえいえ皆まで言いなさるな、この不肖の後輩松原由紀江が知る彼女の全てを教えてさしあげましょう。」
は?という表情の僕にかまわず由紀ちゃんは喋りはじめた。彼女はこうなると止まらない。彼女の想像力は授業時間中にフル回転してしまったようだ。
「フルネームは『涼風 咲子(すずかぜ さきこ)』私と同じ15HR所属の16歳。 誕生日は8月28日乙女座のA型。
一言で言うと地味でおとなしい子。ホームルームでも発言した記憶がないです。 まあ悪い子じゃあないですけど、見たところ特に仲のいい友人なし。加えて彼氏の噂もなし。人づきあいがあんまり得意そうじゃないですね。休み時間も予習してるか本読んでるかだし、お弁当の時間もクラスを出て行って中庭かどこかで一人で食べてるみたい。
彼女の中学からここに来てる子少ないんでそれが原因かもしれないですね。あ、そうそう偶然先輩と同じ中学ですけどホントに知りません?私も仲がいいというわけじゃないんでキューピットとしてはお役に立ちませんが、伝言くらいなら仰せつかりますよ。あと、住所と電話番号もありますけどメモしますか。」
「ちょっと落ち着こう、由紀ちゃん。別に惚れたとかそういうわけじゃ、、、」
と、ささやかに防波堤を作って抵抗してみたが、、、
「またまたぁ、あ!昨日声かけたって言ってましたけど、それってやっぱり放課後ですか、それもここで?」
防波堤は無力だった。しかし放っておくわけにもゆかない。
「いや、それはそうだけど、でもね、、、」
「そこがちょっと重要かもしれませんよ。彼女、先月で部活やめて帰宅部になってるんですよ。ほら、文芸部ってあるでしょ、地味―な。3年生の先輩が引退してからほとんど活動らしい活動がないところなんですけど、2年生ゼロで1年生も彼女一人だったらしくて来年には廃部かもってところ。彼女、居場所がなくてここに来てたんじゃないかなって思うんですよ。そこで起きた運命の出会い!ロマンス!青春の1ページ!ああ、もう先輩も隅におけませんねぇ、憎い憎い!」
「由紀ちゃん」
「はい!電話番号はですね、」
「大きく深呼吸をしてみよう」
「?はい?はあ、、、。すーっ、はーっ。はい、しました」
「電話番号はいらない」
「あ、さてはもうチェック済み?意外と行動派なんですねー。きゃー」
「あのね、惚れてないから、そういうことじゃないから」
「もう、照れない照れない!自分の心に正直にならなくちゃ。恋は向こうから近づいては来ませんよ、自分から行かないと駄目なんですよぉ!」
もう何を言ってもムダかもしれない。しかたなくその場は「何かあったらよろしくね」とお茶を濁して当番の仕事を始めることにした。

しばらくすると由紀ちゃんが肘で脇腹をつついてきた、何かと思って振り向くと扉を控えめに指差している。
見ると涼風さんが図書館に入ってくるところだった。由紀ちゃんは何かをけしかけるような視線を僕に向けたが僕は業務を淡々とこなし続た。もちろん彼女もさっさと扉をぬけて奥へと向かう。「何で声かけないんですかぁ?」と言いたげな表情の後輩を意識的に無視しつつ返却本の整理を続ける僕だった。

4

それから数日、意識したわけではないが涼風さんによく気づくようになった。彼女は本を借りないので直接カウンターで向き合うことはないのだけれど、閉館の見回りをしていると最初のときのように辞書を2冊置いて真剣そうに何かを書いている姿を度々みつけることがあった。そんな彼女に「閉館でーす」と、声をかけることがなんとなくためらわれ、彼女が自分のペースで図書館を出るまで適当に時間をつぶすことが日課になっていった。

そんなある日。ちょっとした事件が起きた。
その日は僕と由紀ちゃんの2人で当番をしていた。しかし、いつにも増して暇だったため、由紀ちゃんが早めに閉館しましょうかと言い出して、涼風さんがいなければそれでもいいなと思い彼女の指定席へと向かった。

そこに涼風さんの姿はなかった。しかし辞書が2冊並ぶ見慣れた光景がそこにはあり、彼女のものと思しき荷物もそこにあった。きれいに揃えられた便箋と筆記用具はまるでディナーを終えたばかりのレストランのテーブルのようだった。周りの本棚にでもいるのかと思い、机に近づき、何の気なしに便箋に視線を落とした
「!」
僕は目を疑った、そこには
「遺書」
という文字があったのだ。
見てはいけないという倫理観を衝動が押し切り、視線がせわしく文面をなぞった。
「いままでありがとう」
「私の遺体は、、、」
「私が死んでいるのをみつけたら、、、」
戦慄を覚えた。
これは文字どおり「遺書」だ。
周囲に彼女の姿はない。
(自殺?!)
映画やドラマによって刷り込まれたイメージが脳裏に蘇った。それは彼女が飛び降り自殺をする映像となり、僕にそばの窓から屋上を見上げさせた。
何も見えない。
だが、次の瞬間、僕は走り出していた。
「ごめん、ちょっと待ってて!」
由紀ちゃんに説明するのももどかしく、そう言い残してカウンターの横を走りぬけた。

屋上への登り口は渡り廊下を渡った向いの校舎にしかない。渡り廊下を駆け抜けつつ窓から屋上を伺うが人影は見えない、手すりをつかんで体を引き上げつつ階段を2段飛ばしで駆け上がり、屋上への昇降口のドアに手を架ける。
(開いている!)
屋上は解放されているのだから開いていて当然なのだが、そのときの僕には冷汗を流させる事実だった。

屋上には風が吹いていた。夕焼け空というには少し早い時間。
わけもなく不安でいっぱいになる心を抑え、あたりを見回す。
人影はない、何度見回しても。頭の中では「どこだ、どこだ」という意識が鐘のように鳴り喚いている。
そのときまた強く風が吹いた、右斜め後ろから。
!
そうだ!
昇降口の裏はここから死角になっている!
そこだ!
何の根拠もなく決め付けて走り出し、ぐるりと昇降口を回り込んだ僕の目の前に制服姿の女の子が現れた。

僕は勢いづいたままぱっと後ろに跳び退り、様子を伺った。
彼女は僕とは反対側、自転車置き場の方を向き、フェンスのすぐそばにいた。
周りより一段高くなった踏み台のようなところの上に立っている。
乗り越えようと思えばすぐにでも、、、

ザシュッ!
弾かれるように屋上の砂混じりのコンクリートを蹴った。
「ちょっと待ったぁぁあー!」
などとわけのわからないことをわめきながら彼女に走りより、跳びつき、、、、

ガイン!
顔面に衝撃が走った。
ゴキ!
続いて顎に。
キィンキィンと頭蓋骨に反響音が鳴り響く、、、、、、。
霧散しそうな意識を必至で捕まえ、彼女は、、、?と、痛みをこらえつつ顔を上げ、首だけをぐるりと回すと緑の上履きが昇降口の壁のそばに見えた。そこからは白いソックスも見える。
ああ、とりあえず彼女は無事だ、、、
とりあえず、、、何か、言わなくてはと思い、痛みで歪んだ口を開く
「いちち、、、、あのさ、じ、自殺なんて、しない方がいいと思うなぁ、、、」
「あ、あ、あの、、、大丈夫、ですか?」
彼女の声は動揺しているようだ、無理もない、自殺するほど追いつめられていたのだから。それに比べればこのくらいの痛みなどないも同然、、、
「いやあ、平気平気!体は頑丈な方だから」と、から元気で立ち上がる。
どうやら僕が大声をあげた際、彼女はフェンスから離れ、彼女のいなくなった空間に突進した僕はフェンスに激突したらしい。顔をさすってみたところ、幸い出血はしてないようだ少々腫れているかもしれないが大したことはないだろう。これ以上屋上に彼女を留めておくことは危険だ、とにかく彼女を校舎のなかに連れて行こう、との思いから
「あ、あの、図書館、今日は早めに閉めようかと思うんだけど、いいかな?」
と腫れた顔とあいまっておそらく不完全極まりない出来の営業スマイルで聞いてみた。
「あ、はい、いいです。でも、、、本当に大丈夫ですか」
「大丈夫、大丈夫、さ、早く行こう。当番の子を待たせちゃってるし」
「、、、はい。」
なんとか彼女を促して昇降口のドアを開けて校舎へと入った。階段を降り、渡り廊下を進む。沈黙が怖い、何とか話しをしようと僕は必死になった。
「あ、覚えてるかな、辞書の忘れ物した日と次の朝に図書館にいたんだけど」
「はい、、、」
「そうそう、今日の当番の子たしかクラスメイトだよね、松原由紀江ちゃん」
「そうですか」
「あれ、知らない?由紀江ちゃん」
「いえ、、、」
、、、、、、、、、、、、、、、、、、。
いかん、駄目だ。空気が重い。ええい!仕方がない、単刀直入に言うべきことを言おう。由紀江ちゃんには聞かれたくないだろうし、聞かせたくもないし。
「あのさ、、、」
「?」
「、、、自殺なんて、、、しない方がいいと思うんだ」
「え?」
「いや、全然他人だけどさ、袖触れ合うも多少の縁というか、全く知らないと いうわけじゃないし、何か中学も一緒らしいし、、、その、、、」
「あの、、、」
「いや、その、、、」
「じさつ、、、」
「いや、あのね、、、」
「されるんですか、、、?」
「え?」
「あなたが。」
「は?僕が?何故?」
「だってさっきからそんなことばかり、、、失礼ですけど何かお話も支離滅裂ですし、、、」
「???」
「自殺は、よくないと思います。」
「えぇ?!」
「落ち着きましょう、、、私でよければ、あの、、、お話くらいは聞けると思います。
だから、、、、自殺はやめませんか?」
「えええぇぇぇぇ?!」
僕はわけがわからず大間抜けな奇声を発していた。心の中で。ただ、顔はいっそう形容しがたい表情となっていただろうと思う。

5

その後は結局わけのわからないまま図書館へ戻った。腫れ上がった僕の顔と一緒に現れた涼風さんを交互に注視した由紀ちゃんは「これは何か聞いてはいけないことが起きたに違いない」とでも思ったのかそそくさと帰ってしまった。カウンターでぼーっとしていると荷物を持った涼風さんがこっちに歩いて来た。僕は、はっと気を取り直し、こんどこそ最上級の単刀直入さで聞くことにした。
「あの、涼風さん、自殺しようとしてたんじゃないの?」
「は?」
彼女は一体何をこの人は言っているのだろうという表情になって固まった。
「だって、、、あの『遺書』、、、」
「え?、、、あ、、、、あぁ!」
少し前の記憶の中の思い当たることに辿り着いたようだ。そして視線を自分の記憶から僕に戻し
「、、、見たんですか、、、」
と責めるような口調で聞いてきた。
「ごめん、、、読むつもりはなかったんだけど、つい目に入って、あんまり驚いたから、、、」
「見たんですね」
「ごめんなさい、、、、」
僕はうなだれるように謝った。
彼女は伏し目がちになり、ふぅ、とため息をついて顔を上げた。
「いいです、出しっぱなしにしていった私も注意が足りませんでした。 ただし、」
「はい」直立不動で答える僕。
「誰にも言わないでくださいね」
「はい、もちろん!」
「じゃあ、いいです」
この件については決着したようだ。と、なれば本題について聞かなくてはならない。
「で、自殺のことだけど、、、」
「自殺なんかしませんよ」
彼女はあきれたように即答した。
「じゃあ、屋上にいたのは、、、」
「景色をみてただけです。夕焼けがもうすぐかなって思って」
「ああ、、、なるほど」
納得。というか勘違いだったわけだ。ん、でも、、、、
「それじゃあ何故遺書なんて、、、」
「じゃあ逆に聞きますけど、自殺する人しか遺書を書かないんですか?」
「え?」
「遺産相続のこととか臓器移植のことなんかで自然に死ぬ人だって書くんじゃないんですか?、、、遺言状って言った方がわかりやすいですか?」
そうだ、その通りだ。逆にそっちの方が全体数からすれば多いだろう。ドラマや小説の影響のせいか、「自殺=遺書」って僕が思い込んでただけなんだ。遺言状って言われれば確かにそうだ。
「15歳でそういう遺言状書いてる人って、、、少ないでしょうけど、いないとはいえないでしょう、現にここにいるんですから、、、」
少しの沈黙。
彼女がぽつりとこぼした言葉が空気を少し揺らした。
「、、、暗いですよね」
「え、ああ、ゴメン、電灯入れるよ」
と言って僕はそばの壁にある蛍光燈のスイッチを入れた。乾いた音を立てて蛍光燈がつく。
しかし彼女はきょとんとしている。何故だろう?
「あ、、、すいません。明かりのことじゃなくて、、、」
恥ずかしそうに、そして「私は何を言ってるんだろう、、、」という感じで彼女は続けた
「私の性格がです。暗いのは、、、」
こんなときはなんと答えればよいのだろう。また沈黙が流れた。

それから彼女は少し話しをしてくれた。
遺言状を中学生のころから書いていたこと。
そのころは「文通相手に知らせて」「お世話になったあの先生に知らせて」という別れの言葉、感謝の言葉をなどを綴っていたこと。
「遺言ってこれからのためことばなんですよ」
「必ず来るときのための確かなことばなんです」
「お礼を言わずにさよならするのも、私がいなくなって誰かがこまるのもいやだから遺言状を書くんです」

彼女は新しい遺言の項目ができたり、伝えたいことが少し変わるたびに書き直すという。
今回たまたま僕が目にしたのはあの忘れ物をした日から書いていたものの完成版だという。
臓器移植のことを知ってドナーカードを持ったため、万一のときには同意してくれるよう両親に頼む内容を加え、
昔は友達にあげると書いていたけど、少ない貯金は臓器移植の役に立ててほしいと書き換えたということだった。

彼女のことばを聞いていて僕は何だか彼女がしっかりとしているな、と思うと共に何だか言い知れない寂しさを感じた。確かにいつかは考えること、でも16歳でそんなことを考えるというのはどことなく悲しい雰囲気を醸し出す。
遺書は悲しいことばの集まりだ。
彼女がいなくなってから伝えられることば。
彼女はもういない。
その事実を噛み締めて受け止めなくてはならない、とても寂しいことばだ。
彼女は生きているのだから。
できれば明るいことばを、たわいのない友人との雑談や、恋人との語らいのようなことばをつむいでゆければいいのにと話を聞きながら僕は思っていた。

話に区切りがついて図書館を閉めたのは結局6時過ぎになってしまった。「自分が遺書を書いていることは誰にも言わないこと」と念を押して涼風さんは帰って行った。

次の日の放課後、由紀ちゃんがぼそっとこんなことを言った。
「先輩、、、、昨日、、、、涼風さんに迫ってはたかれたんですかぁ?」
ゆきちゃぁ〜〜〜ん!違う、それは違うぞぉぉぉぉ!

6

遺言状を書いてみようか。
僕はその夜そんなことを思いついた。
彼女がなぜ遺言状を書いているのか。彼女の話を聞いただけでは消しきれなかった遺言状を書くということに感じた違和感。その正体を確かめてみたい。そのためには遺言状を書くという状況に身を置き、同じ気持ちになってみるのが近道のはずだ。実際に自分で書いてみれば何かが見えてくるかもしれない。

彼女のように辞書を置き、シャープペンシルを握り、姿勢を正して便箋に向かう。
自殺するわけではないから、何か不慮の事故のためという設定。
、、、そういえばそもそも遺言って何だろう、、、うーん。
遺言を辞書で引くと、、、
言い残すこと、、、か。
あるか?
今親に言い残すたこと、、、ない。
仲間にも、、、ないな。
言いたいことはだいたい言っているし、いざ改まって何かってことも、、、貯金なんてないし財産なんてないしなぁ。
臓器移植のことなんかも考えたことないし、、、やっぱり遺言ってあんまり書くことないよな、、、
自殺するなら恨み言なんかが溢れるのかもしれない、言いたくても言えなかったことをせめて最後に、、、か。

、、、?待てよ、言いたくても言えなかった?
、、、遺書に書くことがあるってことは
、、、言い残したことがあるってことは
今言えてないことがあるってこと?
それを死んだから言う、、、
死んだから言える?
死ななくちゃ言えない?
、、、あのとき感じた寂しさってこれなんじゃ、、、彼女は「今」言いたいことばを言えてないじゃないだろうか、、、
死ぬまで抱えてゆくことば
感謝のことば
別れのことば
確かに、、、その場で、死という場面でしか言えない言葉かもしれない。
人は生まれるときと死ぬときの2度、必ず主役になれるって話を聞いたことがある。控えめな彼女はその2回目の主役になれるときだけに自分の思いを現すことを自分に許すんだろうか

ひとり、そのときのために言えない想いを遺書にしたためている
仲間、友達、家族、、、
今、大切な人に話さない
いや、話せないのかな、、、
人づきあいが苦手、、、でも思いは秘めている、、、
思いの行き場がないってことか、、、
なるほど、これはつらいな、、、

彼女の遺言状は言い残すんじゃなくて今、言えない言葉の集まり
やっぱり自殺する人の遺言状の臭いがする。
あの落ち着きは、虚勢?何か無理をしている、素直な感じがしない、何かもろく、危うい気がするのはそういうことからなのかな。
どこか話せる相手がいれば、話せる場所があれば、、、。
考えた末、僕はある提案を由紀ちゃんにすることにした。

7

僕の通う高校は前後期制で後期の始まるのが10月になっている。
あと2週間ほどのことだ。
それに合わせて各委員の任期も切れるので改めて各クラスで委員の選出が行われる。
「そこで君の任務だが涼風さんをスカウトしてきてもらいたい」
と某映画の命令口調を真似て由紀ちゃんにお願いをしてみた。
今は昼休み。委員会の集まりと称して僕と由紀ちゃんは司書室でランチの最中だ。
「涼風さんを、ですか?なんでまた、、、あ〜!わかりましたよ!」
「何が?」
「ふっふっふ、、、やりますねぇ、彼女と一緒にいる時間を作るために彼女をここに引き込もうというんですね。仕事とはいえ共にすごす時間は二人の距離を縮める絶好のとき、二人きりになるときを見計らってこ・く・は・く!という作戦ですね!恋のためなら公私混同もやむなし!そこまで彼女を想っているとは、、、いい、いいですね!恋って!」またか、、、と思いつつも誰にも言わないという涼風さんとの約束があるので細かい事情を説明するわけにもいかず、
「、、、とにかくお願いするよ」と特に否定もせずに話を収めようとしたのだが、
「わかりました!まことに微力ながらこの松原由紀江、先輩の恋心をふまえつつ彼女の警戒心を刺激せずに委員会に引き込んでみせましょう。」とお弁当を乗せた机の上に飛び乗らんばかりのガッツポーズを見せてくれた。彼女は遠い将来かなりパワフルな「仲人おばさん」になるのではと思った僕だった。
「あ、でもあんまり話したことないからまずはお話することからはじめなくっちゃですね。早速彼女のお昼の指定席を捜索してきます。それで明日お弁当一緒していいかって聞いてみまーす!ではっ!」
と素早く自分のランチタイムを切り上げて図書館を出て行った。
彼女にまかせておけばうまくいくかもしれない、何の根拠もないのにそんな期待を持たせてくれる後輩を持てたことは幸せだと思った。

そのあと、新刊図書の整理中に偶然臓器移植関連の書籍をみつけた。遺書のこともあって読み出したところ、法律の条文をみつけることができた。独特の言い回しにある種の新鮮さすら覚えつつ読み進む。

「臓器の移植に関する法律」
第6条
医師は、死亡した者が生存中に臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないとき又は遺族がないときは、この法律に基づき、移植術に使用するための臓器を死体(脳死した者の体を含む。以下同じ。)から摘出することができる。

「?」
この条文を読んだとき、僕は記憶のどこかにひっかかるものを感じた。
それを分析した結果導き出されたのは、僕が思いついた今回の提案により意味をもつものにさせる仮説だった。


数日後。
由紀江ちゃんから「涼風さんとお昼をいっしょに食べました」との報告を受けた日の放課後、僕は彼女にごく自然にと心がけ、話しかけた。突然の問いかけに対し、彼女は僕が思っていた以上に堅い雰囲気で反応した。
「、、、何かご用ですか?」
僕はあまり意味深でない問いかけだという感じを出そうとしつつ言葉を続けた。
「あのさ、、、ドナーカード、持ってるっていってたよね」
「はい」
「それでさ、思ったんだけど、、、臓器移植のこと、ご両親と話したこと、ないんじゃない?」
彼女は少し警戒するような間を置いて小さな声で
「どうして、、、そう思うんですか」
と尋ねてきた。僕は予め用意していた仮説を示した
「ちょっとね、法律を調べたんだ、そうしたらご両親と同意ができていれば、遺言で言う必要はないんじゃないかな、と思って、法律でそう決められているのは、、、知ってるよね?」
彼女は無言だ。肯定ととっていいだろう。
「だからなんだけど、、、」
「、、、、そうです、、、話していません、、、」
絞り出すような反応に少しドキッとしたがまだ話をやめるときではない、
「どうしてかな?法律的にいうと話しておいた方がいいんじゃないかって思うんだけど、、、」
と、言いかけたとき、突然彼女が叫んだ
「そんなこと話せないじゃないですか!」
さほど大きな声ではない、大きな声であったところで今図書館には僕と涼風さんの2人しかいないから問題はないのだが彼女とすれば人前で叫ぶということはめったにないのだろうか、叫んだことに動揺し、少し興奮している様子だった。

「だって、、、だって、、、遺言を書いてるなんて親に言えると思いますか!?
そんなこと知ったら、、、きっとあなたみたいに取り乱して、よけいな心配をさせてしまう、、、
ドナーカードのことだって、私だってそれがいいことなのかどうなのか、、、わからないんですから、、、
ちょっと、そんなことを知ったから、、、そうですよ!背伸びして書きたかっただけです!
みんなが知らない、新しいこと書くと、かっこいいこと書くと、少し気が紛れたから、、、だから、、、、」
涙の混じりそうな声で涼風さんは言う。
「だって、遺言状、、、書くのってつらいんですよ!すごく気持ちが重くなるんですよ!
感謝しなくちゃいけない人、お別れしなくちゃいけない人、、、ちゃんと伝わるかとか、失礼じゃないかとか考えて何回も書き直して、、、。でも、そうしないと、不安で、、、もう書くのをやめられないんです、、、ちゃんとしておかないと、もし死んじゃったら、、、死んじゃったら、、、。」
彼女はここまでを一気に言い、息を切らせてうつむいてしまった。
僕は驚きと彼女の心に踏み込んでしまったいたたまれなさで体が痺れたように動かなかった。
その後、少し落ち着いたのか彼女が顔を上げた。
その顔を直視できず、カウンターのカレンダーに目を泳がせている僕に
「心配してくれなくていいです、、、こんなことで死のうなんて思いませんから」
そう言って彼女は図書館を出ていってしまった。

「死なないこと」イコール「生きていること」じゃない。呆然としつつも彼女の言葉を反芻し、僕はそう思った。
新たに何も背負いたくないから、もう何も得ることを望まず、長い残りの日々を埋めるために
彼女は遺言を書いているのかもしれない。
それって、いつまでもつらいことだけが続いていくってこと、、、つらすぎるよ、、、。

失敗だ。
でも、まだ打つ手はある。
彼女のこころに踏み込んでおいてこのまま放っておくことはできない。
そんな決意から完全に一人になった図書館で僕は過剰とも思える最後の手段を練り上げた。


8

数日後。
「うぅぅぅ、ごめんなさいです。失敗しましたぁ、、、、先輩に頼まれたってことをちょっと口にしたら急にどこかに行っちゃったんですぅぅ、、、、」
涼風さんへのスカウト作戦の経過報告を申し訳なさそうにする由紀ちゃんを「もともと無理なお願いだったんだから」「ありがとう」と、なだめ、部活へと送り出した。当然とも言える、お願いした張本人が直前にあんなことをやってしまったのだから。しかし、僕が用意しているの最後の手段を使う決心がこれでついた。
一人になっていつものように考えごとを始めた。

身近な人の死。
僕には祖母がいた。いや、おばあちゃんという方がしっくりくる。その単語から思い出すのは母方のおばあちゃんだ。
小さいころに甘えていた思い出は多いのだが、中学生くらいからあまり話をしなくなった。
おばあちゃんが死んでしまった日、それは高校受験当日だった。
お葬式の日、試験の出来なんか考えられないくらいおばあちゃんの「死」が僕の頭にもやをかけていたことを
憶えている。それからしばらく、途切れていたおばあちゃんとの時間が言いようのない後悔となり、合格発表よりも心をいっそう重くしていた。
大切なひとが自分より先に死んでしまうこともありうる、ことばを残すせないでお礼も言えずに別れてしまうことになる人もいる。あんな思いは、もうしたくない。

涼風さんが図書館に現れた。
僕を見つけると
「今日、松原さんに図書委員をやってみないって誘われました。あなたが松原さんにお願いしたって聞きました」
と切り出してきた。
「どういうおつもりかはわかりませんが、誰かとつながりを持ってしまうとまた遺言に書くことが増えてしまいます。それって重たいんです、、、もうこれ以上何もいりませんから、、、。私、、、一人の方が楽なんです。もう、放っておいてくれませんか、、、。」
全てを拒否するような口調に僕は不動の姿勢で応えた。
そして極めて静かに
「わかりました。」
と告げた。
「それじゃ、これで、、、」
「ちょっと待って!」
すぐに出て行こうとする彼女を僕はカウンターに乗り出すようにして呼び止めた、そして
「最後のお願いがあるんだ。これを受け取ってくれないかな」
と言って和紙につつんだ一枚の便箋を彼女に差し出した。
「最後、、、?」
怪訝そうな表情で彼女は僕をみつめ、便箋に視線を移した。
「、、、何ですか?、、、これ」
最大級の真剣さをこめて僕は言った。
「読んで、、、もらいたい」

9

「、、、わかりました」
私は視線を合わせないまま、差し出された手紙のようなものを受け取った。
これで終わりにしよう、図書館にはもう来られないけど、いい。また前みたいにもどるだけ。
何もない日が続けばそれでいい。
和紙を開くともう1枚包み紙があった、こちらは紐で閉じられている。何だろうこの仰々しさは。
するすると紐を解き、紙を開くとようやく便箋が姿を表した。
4つに折られた1枚きりのもののようだ。
なぜか緊張する。指先が少しいうことをきいてくれない。
ばかばかしい、何も考えずに開いてしまえばいいのに、これで終わるのだから。
パラ、、、


遺書

涼風咲子 様

もっとあなたと話したかった


何、、、これ?
もっと、、、私と話したかった?

「これ、一体何のつもり、、、」
そう言いかけたとき、
「?!」
急に風が吹いた。とっさに目を閉じて手紙をにぎったままの手で顔をかばった。
薄目をあけて風の吹いてきた方を向くと夕日の光が差し込み、バタバタというカーテンのはためく音がしているする、さっきまでは閉まっていたカウンターの後ろの窓が開いているのだ。
気をとりなおし手紙のことを問いただそうとした、、、が、
いない。
あの人の姿がない。
カウンターの出入口には私がいた、ここを通らずにここから出ることはできない。
出られるところは、、、あの窓、、、
!
私ははっとして手紙を見た
「遺書」
、、、そんなそれじゃ、まさか、、、でも、何で、、、?
ちょっと、、ちょっと待ってよ、、、どうすればいいの、、、
何で、、、何で私にこんなもの、、、

窓までの距離は1メートルもない。
一歩踏み出し、窓の外を見れば、、、わかる、、、
でも、
でも、、、
怖い
カチカチ、、、
前歯が鳴っている、、、腕が、、、足が、、、動かない
私、、、震えている、、、いやだ、怖い、怖いよ、見たくないよ、、、

私は窓から必死で離れようとした、しびれたように自由のきかない左足をなんとか少し後ろに引いたとき
ガクン!
不意に右ヒザが折れた
体が右前方、窓の方へと倒れてゆく。
声をあげようとしたが喉すらひきつったように動かない
スローモーションのように銀色の窓のレールが目前に迫ってくる、
いけない、、、よけなくちゃ、
そう思うものの体の自由はまったくきかないままだ、まるで夢の中の出来事のように思考だけがぐるぐると動いているけれど、それすら鈍くなってきているような気がする。目を閉じる方法さえ忘れてしまったみたい、、、
ああ、、、どうしよう、、、

ガクン!
強い衝撃が走った
痛みは、、、、ない
感覚まで麻痺しているのだろうか、血はでてないかな、、、ブレザー、、、夏休みにクリーニングしたばかりだから汚したくなかったな、、、。そんなことを思っていた、けれどよく見ると私と窓の間にはまだ余裕があった。
なぜだろう。
「、、!、、、 めん!ごめん!」
下の方から誰かの声がする。
聞いたことがあるような、、、
「ごめん、驚かせすぎた!、、、本当にごめん!、、、涼風さん?涼風さん!!」
私の名前を呼んでいる。私を知っている人みたいだ、、、えーと、、、誰かな、、、
とすっ
背中に感覚が戻った。そして体全体、続いて意識がはっきりしてくる。
私は何かにもたれてしゃがんでいる。
ここは、、、そうだ、図書館だ。
「涼風さん、、、大丈夫?、、、涼風さん、、、」
私は、、、、呆然としたまま声の主に告げた
「、、、どうしたらいいのか、、、わからなかった、、、」
開いたままの窓から夕焼けがおかしなくらいきれいに見えていた。
私、この景色は好きだ。この図書館も好きだ。
そして相変わらず私に向けられている話し声はどこか懐かしく、少しづつ心に染み入ってくるような気がした。
「居心地の良さ」という感覚を私は少し思い出せているような気がした。

10

遺書を残された人の気持ちはどんな気持ちだろう
それはどこへも行けない思い、受け止めてもらえず虚空にさまよう思いをそこに見るというつらい行き場のない気持ちではないだろうか。
どうして生きているうちに言ってくれなかったのだろう、と。
遺書を残すのは勝手かもしれないが、遺書を残された人の気持ちはどうなるのだろう。
そのことを彼女に知ってもらいたかった。

カウンター下には人が1人入れるぐらいの空間がある。こんなことは図書委員の中でもカウンターの住人と化している数人にしか知られていないことだ。一瞬でも気をそらすことができれば僕は中に隠れているだけだが涼風さんには見えないという状況が作り出せる。そしていくつかの効果を組み合わせれば、、、

と、思ったのだが思いのほか上手くいきすぎてしまった。
彼女があんなに動揺するとは、、、過剰すぎる演出に反省している。幽霊部員とはいえ映画研究会所属というところが裏目にでたかもしれない。

「遺言って、何だろうね」
僕は窓を閉め、カウンターの内側によりかかっている彼女が落ち着いたかと思える頃合いを見計らい、話しかけた。
「書くのがつらいのを耐えてまで書かなくちゃいけないものかな。遺言、読んで嬉しくなる人っているのかな、たとえば普通の手紙をもらうより嬉しいかな?」
「言わなくちゃいけない言葉より言いたい言葉を大事にしたいって思うんだ、言えないことばなんてなくて言えない自分がいるだけなんじゃないかな?だって、言いたい気持ちがあるんだから、言えた方が嬉しいよ、きっと。聞いてもらえたほうが嬉しいよ」
自分が少し興奮してきているのがわかる。こんなふうになるのは久しぶりだ。
床にしゃがみこんで視線の高さを合わせて続ける。
「松原さんから少し涼風さんのこと聞いてね、どこか似てるなって勝手にだけど思ったんだ。僕もクラスで浮いているなあって自分ですら思うことがあって、人づきあいもうまい方じゃない、遊ぶこともうまくない。だからクラス以外の学校内と家だけが居場所、でも家でもそんなに話なんてしないんだ」
「遺言、僕も書こうとしてみたんだけど書けなかったんだ。言いたくても誰にも言えないことを抱えていたら僕も遺書を書いていたかもしれない、人つながりを持つことが不安で。でも僕にはここがあった、涼風さんともこうして話せる、松原さんや他の委員会のメンバーとも、だから遺言を書かないんだと思う。不安や言いたいことを受けとめてもらえる場所があるから。涼風さんにもそういう場所が必要だと思う、そうしたら遺書を書かなくてもよくなるんじゃないかな?」
そして僕は彼女がここを嫌いにならないでいてくれたらと思い、
「委員でなくてもいいからさ、ここが他より少しでも落ち着く場所なら、ここを出発点にして探してみたらどうかな?松原さん、あの子どうだったかな、けっこう話しやすいと思うんだけど。あと、でしゃばりだとは思うけど僕も一応委員長だからさ、委員でなくてもここにいるときは何でも言ってくれていいよ、何でも聞いてくれていいよ。」
と、もう一度遠まわしに誘ってみた。

ぼうっとしていた(聞いていてくれた?)彼女の口からようやく
「何でも、、、?」
という言葉ばがこぼれた。僕は再び警戒されないようにやわらかく、ゆっくり言葉を続けた。
「そう、何でも。今はかなり一方的に話しちゃったけど、わりと聞き上手って評判なんだから。進路から人生まで幅広く受け付けております。まあ、年の功ってところだよ」
我ながらかなり不自然で不出来なセリフだなぁ、、、と思っていたが
「、、、じゃあ、、、」
と、彼女は反応してくれた。
「う、うん、何かな」
しどろもどろになりそうな自分をなんとか制御して聞いてみる。
「お名前」
「は、、、、?」
「お名前、聞かせてくれませんか?」
「え?、、、、、、あ!まだ言ってなかった?!」
「ええ、初めてお会いしたあの日からもう1ヶ月になりますけど」
「あ、、、ああそうか、、、」
「こんなにたくさんお話してくれるのにお名前はまだ一度も、」
くす、と彼女が笑った、彼女の笑顔を初めて見たのは多分このときだと思う。

11

その後、過剰なお芝居をしたことを何遍もお詫びした。
多少あきれ気味だったけど涼風さんは許してくれた。
さすがにもう2度とはしないだろうけれど「もうしません」と約束してその日は帰ってゆく彼女を見送った。

数日後、彼女がカウンターに現れた。図書委員のバッジが制服に輝いている。 そして明るい声でこう言った。
「渡部(わたべ)先輩!」
「はい」
「私、もう遺書は書きません。」
「うん」
「いっぱい、いっぱい話しをして。 いっしょの時間をすごして、ちょっと大袈裟ですけどその人の心に私を刻みつけようと思うんです。 だから、なるべく思いを、ことばを言い残さないようにしたいんです。そのときの思いをそのときに伝えたいんです。 想いって、生きてないと意味がないことも、、、いいえそうじゃないですね、生きていることでより意味を持てるってこともあると思うんです。」
何かいいことがあったの、と聞いたところ。
「あ、ええと、昨日ですね中学のときの友達から電話があったんです、すごく久しぶりに。家もちょっと遠くて高校も別になってしまったんでずーっと話してなかったんですけど、このあいだ先輩がお話してくれたこととか、遺書のことも初めて話したんですけど、すごくわかるって言ってくれて、、、それでその子に私『図書委員をやってみようかなって思うんだ』って相談してたんです。そしたらがんばって、応援してるよって言ってくれたんです。私がそんなことを言うのは初めてだって驚いていましたけど、そんなふうに思えることがみつかってよかったねって。それで思ったんです、
たとえば、たとえばですよ、あの、誰かを『好き』って想いをあの、そんな深い意味じゃなくても、『伝える』ってこと、生きているときの方が嬉しいと思うんです。言う方も、言われる方も。だまっているより、ずっと。」
「その友達のこと、好きなんだね」
「ええ、私は昨日初めて言ったんですけど、、、」
恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに彼女は言った。
「あんなにいっぱい、楽しく話したの、久しぶりです、、、ずっとこんなことありませんでした。いつも緊張して、「話さなくちゃいけない」って思っただけで憂鬱でしたけど、話すことって、、、いいですね。話したいことを話すのってこんなに簡単だったんですね。」
それを聞いていた僕がよかったなあという気の抜けた笑い顔をしていたのを見たのか、彼女が
「あ、、、あの私、変ですか、、、変なこと言ってますか」
と、一瞬不安げな表情を浮かべたので、僕はすぐさま
「全然、いいと思うよ、聞いてる僕の方も元気になったみたいだ」
と答えた。
「よかった。あ、でも先輩のやった自殺のお芝居の話、やりすぎだからもう少し怒っておいたほうがいいよってその子は言ってましたけど」
彼女の顔がほころんだ。僕は再び少し反省しつつも、今度の笑顔はこの前よりいっそう活き活きとしていてすてきだなと感じていた。
ポン。
誰かが僕の肩に手を置いた。
振り返ると由紀ちゃんが
「それでは先輩、いざ第1回目の後期図書委員会に参りましょうか。」
と、いつかの暴走したときの瞳の輝きで僕を注視していた。
「そうだね、行こうか」と、何か言いたくて仕方がない様子の由紀ちゃんの視線を流す。
涼風さんも「はい」と答えて3人で図書館を出る。

会議室となっている教室へ向う途中、由紀ちゃんが一枚の紙を渡してくれた。
「先輩、今日の会議の座席表作ってきましたぁ」
「ああ、ありがとう」
受け取ってざっと見る、、、!
何だこれは?普通は学年別、クラス順に並ぶもののはずなのに僕の隣に突然15HRの2人が来ていて、3人がけの席に渡部・涼風・松原となっている。そして僕と涼風さんの間にはワープロ打ちのプリントらしからぬ色と形のマークがあった。僕は涼風さんに気づかれないよう極めて小声で尋ねた。
「由紀ちゃん、、、これは何かな、、、」
「はい、私が涼風さんの右を固めて彼女の意識を先輩に集中させますので、先輩はこのピンクのハートマークをぐんぐんぐんぐん大―きくしていってください!つかみとしては趣味の話がいいと思います。」
「あのね、、、」
「一度は失敗しましたが今度こそ先輩の恋のキューピッド役を果たしてご覧にいれます。ご期待ください!」
自信に満ち溢れ、メラメラと燃えてさえいるような由紀ちゃんの目に僕は軽いめまいを憶えた。
ふらっ
と、思わず実際にバランスを崩しかけた僕を涼風さんが慌てて支えてくれた。
「大丈夫ですか!?」
驚いている涼風さんからぱっと離れて
「う、うん大丈夫だから」
と答えたそのとき
(くふふっ、、、)
そんな由紀ちゃんの心の声が聞こえたような気がした。



終



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