放課後の遺言状
4
それから数日、意識したわけではないが涼風さんによく気づくようになった。彼女は本を借りないので直接カウンターで向き合うことはないのだけれど、閉館の見回りをしていると最初のときのように辞書を2冊置いて真剣そうに何かを書いている姿を度々みつけることがあった。そんな彼女に「閉館でーす」と、声をかけることがなんとなくためらわれ、彼女が自分のペースで図書館を出るまで適当に時間をつぶすことが日課になっていった。
そんなある日。ちょっとした事件が起きた。
その日は僕と由紀ちゃんの2人で当番をしていた。しかし、いつにも増して暇だったため、由紀ちゃんが早めに閉館しましょうかと言い出して、涼風さんがいなければそれでもいいなと思い彼女の指定席へと向かった。
そこに涼風さんの姿はなかった。しかし辞書が2冊並ぶ見慣れた光景がそこにはあり、彼女のものと思しき荷物もそこにあった。きれいに揃えられた便箋と筆記用具はまるでディナーを終えたばかりのレストランのテーブルのようだった。周りの本棚にでもいるのかと思い、机に近づき、何の気なしに便箋に視線を落とした
「!」
僕は目を疑った、そこには
「遺書」
という文字があったのだ。
見てはいけないという倫理観を衝動が押し切り、視線がせわしく文面をなぞった。
「いままでありがとう」
「私の遺体は、、、」
「私が死んでいるのをみつけたら、、、」
戦慄を覚えた。
これは文字どおり「遺書」だ。
周囲に彼女の姿はない。
(自殺?!)
映画やドラマによって刷り込まれたイメージが脳裏に蘇った。それは彼女が飛び降り自殺をする映像となり、僕にそばの窓から屋上を見上げさせた。
何も見えない。
だが、次の瞬間、僕は走り出していた。
「ごめん、ちょっと待ってて!」
由紀ちゃんに説明するのももどかしく、そう言い残してカウンターの横を走りぬけた。
屋上への登り口は渡り廊下を渡った向いの校舎にしかない。渡り廊下を駆け抜けつつ窓から屋上を伺うが人影は見えない、手すりをつかんで体を引き上げつつ階段を2段飛ばしで駆け上がり、屋上への昇降口のドアに手を架ける。
(開いている!)
屋上は解放されているのだから開いていて当然なのだが、そのときの僕には冷汗を流させる事実だった。
屋上には風が吹いていた。夕焼け空というには少し早い時間。
わけもなく不安でいっぱいになる心を抑え、あたりを見回す。
人影はない、何度見回しても。頭の中では「どこだ、どこだ」という意識が鐘のように鳴り喚いている。
そのときまた強く風が吹いた、右斜め後ろから。
!
そうだ!
昇降口の裏はここから死角になっている!
そこだ!
何の根拠もなく決め付けて走り出し、ぐるりと昇降口を回り込んだ僕の目の前に制服姿の女の子が現れた。
僕は勢いづいたままぱっと後ろに跳び退り、様子を伺った。
彼女は僕とは反対側、自転車置き場の方を向き、フェンスのすぐそばにいた。
周りより一段高くなった踏み台のようなところの上に立っている。
乗り越えようと思えばすぐにでも、、、
ザシュッ!
弾かれるように屋上の砂混じりのコンクリートを蹴った。
「ちょっと待ったぁぁあー!」
などとわけのわからないことをわめきながら彼女に走りより、跳びつき、、、、
ガイン!
顔面に衝撃が走った。
ゴキ!
続いて顎に。
キィンキィンと頭蓋骨に反響音が鳴り響く、、、、、、。
霧散しそうな意識を必至で捕まえ、彼女は、、、?と、痛みをこらえつつ顔を上げ、首だけをぐるりと回すと緑の上履きが昇降口の壁のそばに見えた。そこからは白いソックスも見える。
ああ、とりあえず彼女は無事だ、、、
とりあえず、、、何か、言わなくてはと思い、痛みで歪んだ口を開く
「いちち、、、、あのさ、じ、自殺なんて、しない方がいいと思うなぁ、、、」
「あ、あ、あの、、、大丈夫、ですか?」
彼女の声は動揺しているようだ、無理もない、自殺するほど追いつめられていたのだから。それに比べればこのくらいの痛みなどないも同然、、、
「いやあ、平気平気!体は頑丈な方だから」と、から元気で立ち上がる。
どうやら僕が大声をあげた際、彼女はフェンスから離れ、彼女のいなくなった空間に突進した僕はフェンスに激突したらしい。顔をさすってみたところ、幸い出血はしてないようだ少々腫れているかもしれないが大したことはないだろう。これ以上屋上に彼女を留めておくことは危険だ、とにかく彼女を校舎のなかに連れて行こう、との思いから
「あ、あの、図書館、今日は早めに閉めようかと思うんだけど、いいかな?」
と腫れた顔とあいまっておそらく不完全極まりない出来の営業スマイルで聞いてみた。
「あ、はい、いいです。でも、、、本当に大丈夫ですか」
「大丈夫、大丈夫、さ、早く行こう。当番の子を待たせちゃってるし」
「、、、はい。」
なんとか彼女を促して昇降口のドアを開けて校舎へと入った。階段を降り、渡り廊下を進む。沈黙が怖い、何とか話しをしようと僕は必死になった。
「あ、覚えてるかな、辞書の忘れ物した日と次の朝に図書館にいたんだけど」
「はい、、、」
「そうそう、今日の当番の子たしかクラスメイトだよね、松原由紀江ちゃん」
「そうですか」
「あれ、知らない?由紀江ちゃん」
「いえ、、、」
、、、、、、、、、、、、、、、、、、。
いかん、駄目だ。空気が重い。ええい!仕方がない、単刀直入に言うべきことを言おう。由紀江ちゃんには聞かれたくないだろうし、聞かせたくもないし。
「あのさ、、、」
「?」
「、、、自殺なんて、、、しない方がいいと思うんだ」
「え?」
「いや、全然他人だけどさ、袖触れ合うも多少の縁というか、全く知らないと
いうわけじゃないし、何か中学も一緒らしいし、、、その、、、」
「あの、、、」
「いや、その、、、」
「じさつ、、、」
「いや、あのね、、、」
「されるんですか、、、?」
「え?」
「あなたが。」
「は?僕が?何故?」
「だってさっきからそんなことばかり、、、失礼ですけど何かお話も支離滅裂ですし、、、」
「???」
「自殺は、よくないと思います。」
「えぇ?!」
「落ち着きましょう、、、私でよければ、あの、、、お話くらいは聞けると思います。
だから、、、、自殺はやめませんか?」
「えええぇぇぇぇ?!」
僕はわけがわからず大間抜けな奇声を発していた。心の中で。ただ、顔はいっそう形容しがたい表情となっていただろうと思う。