放課後の遺言状


5

その後は結局わけのわからないまま図書館へ戻った。腫れ上がった僕の顔と一緒に現れた涼風さんを交互に注視した由紀ちゃんは「これは何か聞いてはいけないことが起きたに違いない」とでも思ったのかそそくさと帰ってしまった。カウンターでぼーっとしていると荷物を持った涼風さんがこっちに歩いて来た。僕は、はっと気を取り直し、今度こそ最上級の単刀直入さで聞くことにした。
「あの、涼風さん、自殺しようとしてたんじゃないの?」
「は?」
彼女は一体何をこの人は言っているのだろうという表情になって固まった。
「だって、、、あの『遺書』、、、」
「え?、、、あ、、、、あぁ!」
少し前の記憶の中の思い当たることに辿り着いたようだ。そして視線を自分の記憶から僕に戻し
「、、、見たんですか、、、」
と責めるような口調で聞いてきた。
「ごめん、、、読むつもりはなかったんだけど、つい目に入って、あんまり驚いたから、、、」
「見たんですね」
「ごめんなさい、、、、」
僕はうなだれるように謝った。
彼女は伏し目がちになり、ふぅ、とため息をついて顔を上げた。
「いいです、出しっぱなしにしていった私も注意が足りませんでした。 ただし、」
「はい」直立不動で答える僕。
「誰にも言わないでくださいね」
「はい、もちろん!」
「じゃあ、いいです」
この件については決着したようだ。と、なれば本題について聞かなくてはならない。
「で、自殺のことだけど、、、」
「自殺なんかしませんよ」
彼女はあきれたように即答した。
「じゃあ、屋上にいたのは、、、」
「景色をみてただけです。夕焼けがもうすぐかなって思って」
「ああ、、、なるほど」
納得。というか勘違いだったわけだ。ん、でも、、、、
「それじゃあ何故遺書なんて、、、」
「じゃあ逆に聞きますけど、自殺する人しか遺書を書かないんですか?」
「え?」
「遺産相続のこととか臓器移植のことなんかで自然に死ぬ人だって書くんじゃないんですか?、、、遺言状って言った方がわかりやすいですか?」
そうだ、その通りだ。逆にそっちの方が全体数からすれば多いだろう。ドラマや小説の影響のせいか、「自殺=遺書」って僕が思い込んでただけなんだ。遺言状って言われれば確かにそうだ。
「15歳でそういう遺言状書いてる人って、、、少ないでしょうけど、いないとはいえないでしょう、現にここにいるんですから、、、」
少しの沈黙。
彼女がぽつりとこぼした言葉が空気を少し揺らした。
「、、、暗いですよね」
「え、ああ、ゴメン、電灯入れるよ」
と言って僕はそばの壁にある蛍光燈のスイッチを入れた。乾いた音を立てて蛍光燈がつく。
しかし彼女はきょとんとしている。何故だろう?
「あ、、、すいません。明かりのことじゃなくて、、、」
恥ずかしそうに、そして「私は何を言ってるんだろう、、、」という感じで彼女は続けた
「私の性格がです。暗いのは、、、」
こんなときはなんと答えればよいのだろう。また沈黙が流れた。

それから彼女は少し話しをしてくれた。
遺言状を中学生のころから書いていたこと。
そのころは「文通相手に知らせて」「お世話になったあの先生に知らせて」という別れの言葉、感謝の言葉をなどを綴っていたこと。
「遺言ってこれからのためことばなんですよ」
「必ず来るときのための確かなことばなんです」
「お礼を言わずにさよならするのも、私がいなくなって誰かがこまるのもいやだから遺言状を書くんです」

彼女は新しい遺言の項目ができたり、伝えたいことが少し変わるたびに書き直すという。
今回たまたま僕が目にしたのはあの忘れ物をした日から書いていたものの完成版だという。
臓器移植のことを知ってドナーカードを持ったため、万一のときには同意してくれるよう両親に頼む内容を加え、
昔は友達にあげると書いていたけど、少ない貯金は臓器移植の役に立ててほしいと書き換えたということだった。

彼女のことばを聞いていて僕は何だか彼女がしっかりとしているな、と思うと共に何だか言い知れない寂しさを感じた。確かにいつかは考えること、でも16歳でそんなことを考えるというのはどことなく悲しい雰囲気を醸し出す。
遺書は悲しいことばの集まりだ。
彼女がいなくなってから伝えられることば。
彼女はもういない。
その事実を噛み締めて受け止めなくてはならない、とても寂しいことばだ。
彼女は生きているのだから。
できれば明るいことばを、たわいのない友人との雑談や、恋人との語らいのようなことばをつむいでゆければいいのにと話を聞きながら僕は思っていた。

話に区切りがついて図書館を閉めたのは結局6時過ぎになってしまった。「自分が遺書を書いていることは誰にも言わないこと」と念を押して涼風さんは帰って行った。

次の日の放課後、由紀ちゃんがぼそっとこんなことを言った。
「先輩、、、、昨日、、、、涼風さんに迫ってはたかれたんですかぁ?」
ゆきちゃぁ〜〜〜ん!違う、それは違うぞぉぉぉぉ!


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