1.

来客はいつもの奴だった。
まあ、俺を訪ねてくる奴と言えばこいつしかいないのだが、と思いつついつもの挨拶を返す。
「おう、ベル公…って言うか勝手に人ん家に入ってくんなよ」
「まあそう邪険にすんなよ、どうせ暇してたんだろ」
こいつの名はベルゼバブ。蝿の王の名を持っていることからわかるように蝿の魔物だ。別に王だとかいうわけじゃないが図々しさは王様並みと言ってもいいだろう。
「何言ってんだ、このオレ様が暇なわけねーだろーが」
「ちっちっち、ちゃーんと聞いてたぜ『ふわぁぁ…』ってあくびまでしながら何度も何度も『暇だぜ』って言ってたじゃねえか」
…ついでに言うと盗み聞きの腕前もキングの名をやってもいいくらいのものがある。
こいつの(悪)趣味だそうだ…ったく。
「それよりよぉオレぁ腹へってんだよ、何か食わせてくれねぇか。できれば腐肉がいいんだけどよ」
そのクセ相手の腹ん中を気遣うことなんて考えもしやがらねぇ、、、けど、暇してたのは事実だしな。
「そうだな、どーぜオレもヒマだったし狩りにでも行くか?」
と、応えてやると奴は小躍りして
「お、いいねぇ、人間かい?」
と複眼を輝かせたが、そうそう思い通りには行かない。
「ばーか、人間は日が落ちなきゃ無理だろーがよ」
「そーだな、真っ昼間から街に行くわけにもいかねーしな」
ベル公は明らかに声のトーンを落として腕組みをした。


そうだ
昔とは違うのだ。


かつて人間は魔物を怖れるしかない存在だった。
魔物に狩られることに怯えつつも、それに抗う術を持たない臆病で無力な生き物だった。
しかし長くその関係が続くうちに、いつのころからか人間の中に「勇者」とかいうやつらが現れるようになった。
最初はせせら笑っていた。「勇者」なんて声高に叫んだ人間をオレたち魔物は過去に数多く狩ってきたからだ。
しかし、あるときはるか西の大陸で人間に「魔王」と呼ばれていた強大な魔物の長が勇者に殺された。
他の長はその報せを信じなかったが、その長たちの居城に勇者が姿を現し、己の力が勇者に、人間ごときに打ち破られとき、全ては事実だと認めざるを得なかった。

勇者はその後、俺たちの縄張りにも現われた。
闇に怯えた奴らの祖先が火を手に入れたことで夜を支配した気になったように、勇者という力を得ていい気になった奴らは俺たち魔物を怖れなくなった。
我が物顔で仲間を殺し、森を切り開き、夜中じゅう火の周りで大声をあげて騒ぐやつらによって、俺たちは縄張りの奥へ奥へと追いつめられた。
そしていつの間にか俺たちの数の方が圧倒的に少なくなっちまった。

しかし、これまでかと思われたとき人間の間でいさかいが起きた。
それは勇者につき従っていた村の若者と、勇者の登場を面白く思わない村の古くからの有力者の息子とのケンカだった。ケンカの発端はある魔物をどちらが倒したかということだった。最初はささいな言い争い程度だったが、かねてからの互いに対する不満が重なり、数日のうちには村人の中に死者が出るまでに及んだ。

それがもとで高まった対立関係を好機ととらえ、闇に乗じて俺たちはそれぞれの野営場に相手の集団のふりをして襲いかかった。人間は同士討ちを重ね、多数の死者を出した。勇者の登場という異常な事態に浮かれていた時間が止まり、人間は俺たちをそれ以上追いつめることを断念した。
魔物の脅威がさほどのものでなくなっていたこともあり、混乱の収集をはかるために勇者はこの地を離れた。

その後村人は守旧派と勇者派の2つに別れ今も対立は続いている。
勇者がいなくなったことで山の奥までは人間も踏み入らなくなり、微妙な緊張関係が築かれた。
しかし俺たちの受けた痛手は大きく、もう仲間を増やせない種族も多かった。
息をひそめているうちに勇者の噂を聞くことも少なくなったが勇者の残した「魔物に勝てる」という希望と、知恵をつけて街や火器という自衛手段を手に入れた人間どもはますます増えていて、昼の間に限ってはベル公の言うように立場が逆になっちまっている。
しかし、しょせん勇者の後ろで騒ぎ立てるのが人間にとって関の山、オレは弱い人間など怖れちゃいないが、用心するに超したことはない。

やりにくいご時世になったもんだ。なんてグチを言ってても始まらねぇ
「よし、んじゃ行くか」
「おうよ!!」
オレたちは連れ立っていつも狩り場にしている森へ向かった。





虎井さんちのツトムくん第2章へ


虎井さんちのツトムくんメニューへ