10.

朝が来た。
最後の日。
「……うぅん……」
目覚めがいいはずもない。
しかし頭の中のもやを振り払おうと頭を軽く叩き、考えた。
今日は…何を……
何を………、あいつにしてやれるか………
(……………)
「ダメだ、何をするか思い浮かばん…」
俺に何ができるか。
あいつは、何をしたいのかも。
……悩んでいても始まらない。
「まぁ…とりあえず、起こしにいく行くか…」
(………ふっ…)
我ながら調子がいいもんだ。
家の入り口に近づくにつれ、もやは薄くなっていくような気がした。
玄関をくぐる。
と、また入ってすぐのところであいつを見つけた。
「またここで寝てやがる……」
俺は自分の顔に穏やかな笑みが浮かぶのを感じつつ、起こそうと近づいた。
が、

「うぅ…ううう……」
「……!」

(様子が違う!)
駆け寄り、顔を覗き込む。
「おいっ!!どうした!?大丈夫か!?」
「ああ……ツトムさん…ですか?」
ガキが俺の声に反応して目をあけずに答えた。
「どうしたっ!?何で……目を……?」
「……大丈夫です、すぐ…治りますから……」
「どうしたんだっ!?おいっ!?」
「…ちょっと、昨日……陽にあたりすぎただけです…」
汗をかきつつではあるが、少しの笑みが見えた。
「大丈夫なんだなっ!?」
「…はい…大丈夫……」
「……そう…か……」
俺は少し安堵した。
少なくとも今すぐ危機的な状態になるということではないようだ。
そうなったとしても俺に一体何ができるかという不安はあったが。
2つの不安を徐々に落ち着かせながらガキを見つめていると

「……嬉しいです……」

と幾分穏やかな声が聞こえた。
「…何がだよ…?」
「こうやって…心配されるのが……」
「ばか野郎…何言ってんだ……」
「初めて…ですから…」
「……」
「…お母さんに、こうして看病してもらった記憶はあるけど……あることはあるんだけど…」
「昔すぎて覚えてない……って年でもないだろ?」
冗談と取って軽く流したかったが、言っている俺の心は(そうじゃないんだな…)という正体の知れない危うさを感じていた。
「………いえ、本当は嘘なんです……」
「…どういう……ことだよ?」
ガキの言葉の後ろに何か深い闇のようなものを感じ、不安が大きくなりそうで、それを打ち消したくて俺は緊張しながら尋ねた。
「多分、本当はそんなことなかったんです
「『そうあればいいな』って思う心が、自分の記憶を変えちゃったんだと…思います」
「………そうとは、限らないだろ?」
「いえ、だって……お母さんの顔も覚えていないのに…」
「………」
「多分、他の記憶も…全部、嘘なんです……」
弱々しい声なのに、一切の反論を押さえ込むような圧迫感が辺りをつつむ。
こいつは、何の掛け値もなしにそう思っているんだということの重みが俺を息苦しくさせた。
「ずっと、すーっと、思ってきたから……」
「……そうか…」
「だから、本当はお母さんなんて、初めから知らないのかも……しれません」
「……」
苦しそうに悲しみを吐露するガキにかける言葉を、俺は持っていなかった……
「……」
「……」

「………風」
唐突に思えるよ言葉がふっと漏れ聞こえた。
「えっ?」
「風を、感じたいです…すてきな風を……」
「風…って、吹く風だよな?」
俺は思わず聞き返していた。
「そうです…好きなんです、風に吹かれるのが……」
「……でも外に出たら」
「…大丈夫です、目さえ、あけなきゃ……」
俺はガキが自暴自棄になっているのではと思ったが、弱々しくもしっかりとした口調でそう説明する様子に少し安心し
「そうか…わかった」
とうなずいた。
「…はい」
ささやかなことだが、それでも弱々しく、嬉しそうにうなずき返したガキの望みをかなえてやりたいと、俺は心から思った。



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