13.
「ち、ちくしょう…こんな…こんなのって……」
どんどん力が抜けてゆく……
「なんとか…なんとか…なんねぇのかよ……」
俺は泣き言ばかりに染まっていった………
が、
(いや……)
涙の重みに負けそうになりながらも、アカネを抱きしめる手にわずかな気力が残っていた。
それは
(何としてでも)
という、俺の本能からくる意志の力なのだろうか
(あきらめる…、なんて!していいわけねぇじゃねぇか!!!)
そう、俺の心は叫んでいた。
俺は……俺は、何を弱気になってんだよ
絶対に助けてやる
…絶対に助けてやるからな、アカネ……
…何としてでも…もう一度……
…でも……
どうしたら…一体どうしたら……
こんなとき……こんなとき……
………あ………?
脳裏にその声がよみがえった。
(はっ!!どーせならてめぇの血でアイツも人間じゃないようにしてやればどうだ?)
…もしかしたら…助かる……?
それしか……ない……………
……でも……アカネは…それを……望んでいるのか?
俺の心が一瞬強張った。
魔物としてでも……生きることを……
一瞬、心に問い
そして一瞬で、迷いを振り払った。
そんなこと、今はいい、何と責められようとかまわない
どんなに苦しむことになっても、俺が苦しむだけなら少しもかまわない
アカネが苦しむんなら……その苦しみだって全部俺が引受けてやる……どんなことだってしてやる………
くだらねえこと……ごちゃごちゃ考えて、このままでいるなんて……
このまま死なせちまうなんて……それでいいわけがねぇ!それが一番いいわけなんてねぇ!!
……全てを…言おう……
それで……たとえ、アカネが俺を否定しても……
俺は今……アカネを助けたい……いや、絶対に助けなきゃいけないんだ…
俺の血を、気管に入らないように慎重にアカネに飲ませると、アカネは数秒後によみがえった。
もともと死んでいたわけではなかったから、よみがえったという言い方はおかしいかもしれないが……
俺はその言葉がぴったりだと思った。
その日、アカネの意識は戻らなかったが、穏やかな表情で眠る顔を見て俺はひとまず安心した。
血をぬぐってやれば、昨日と変らぬアカネがそこにいた。
その顔を見たとたん、睡魔が襲ってきた。俺の傷は思ったよりも深くなくて、あっさりと眠りにつくことができた。久しぶりに家の中で寝ると、なかなか家の中で寝るのもいいな、と思った。
そして次の日。
「……朝か……」
朝が来ることは当たり前なのだが、そうつぶやかずにいられない俺がいた。
朝が来てしまったこと
目が覚めてしまったことに不思議な重い感慨があった。
振り向けば、いつもの場所でいつものように眠っている……、ように見えるアカネがいる。
いつもの場所で……寝返りでもうっていてくれていたらまた昨日の朝のように笑えたのだが、アカネは昨日の夜、静かになったとき全く同じ場所にいた。
その側へゆき、膝をついて顔を覗き込んだ。
「俺のしたことは……本当に……正しいことだったのだろうか……」
そう独り言をつぶやいたきり、俺は何もできずに自分の鼓動を持て余していた。
やがて
「うぅ……」
と、苦しそうなうめき声が聞こえた。
空耳でなければ……
そんな声をあげる奴はここに1人しかいない。俺は弾かれるようにそいつの名前を呼んだ。
「アカネっ!?」
「つ………ツトムさん?」
声を発したものの、驚き、自分の体と俺を交互に見ているアカネ。
何が起きているのか全くわからないで混乱している様子だ。
だが、俺は涙してしまい、アカネの疑問をすぐに受けとめてやることができずにいた。
「よかった……よかった……」
アカネがおそるおそるといった感じで身を起こした。
不安げな面持ちで胸に右手をあて、そのまま左手を見つめ結んだり開いたりして自分が生きていることを確かめているようだ。
(生きている…生きてるんだな……)
そのことを俺も確認し、涙がまた流れた。
できることなら流れる涙に溺れてアカネを見つめていたかった。
「…私、どうして……」
しかし不安でいっぱいの世界に目覚めたばかりのアカネを放ったまま泣いているわけにはいかない。
俺は、喜びの首根っこを押さえつけ、言葉を絞り出すように話し始めた。
「………実は…」
「………」
俺が語る言葉がこの世界の全てというような面持ちで聞いている。
「…俺の血を……飲ませたんだ……」
「……えっ?」
これだけでは理解できないことはわかっている…
「実は俺………」
言わなくてはならない。
「お前に隠してたことが……あるんだ……」
「………………人間じゃないってことですか……?」
俺が必死に喉から口へとその言葉を引き上げるより一瞬早く、アカネが少しうつむいて、小声ながらはっきりとそう言った
(!!!)
その衝撃に俺は
「…な、何で……?」
とうろたえるしかなかったが、アカネは口を一文字にしたまま目を開き、
(いくら私だからって…みくびらないでください)
という顔を俺に向け
「それぐらい…気付きますよ……」
と言った。
「じゃ、じゃあ!!…何で……」
アカネの口と目がふっとやわらかに動き、アカネが撃たれる前に見せた笑顔が現れた。
「……そんなこと、関係ないですよ」
「……………!!!」
(……ふっ、そうだよ、その通りだ)
(そんなもの、関係ねぇ)
また、涙が流れた。
「俺は…なんで……」
(アカネを信じられなかったのか)
自責の念にかられている俺にアカネは目を閉じて
「でも、よかった」
「えっ?」
「……死ぬ前に……ツトムさんの口から聞けて……」
控えめながら満ち足りたという感じの口調でそう言った。
俺はその言葉に思わず激怒し、叫んでいた。
「バカ野郎!!死ぬなんて言うな!!」
「………」
アカネは力なく、わずかに瞳を開いた。
「そうだよ、俺の血を飲み続けたら一緒にいられるんだ……」
怒りは、またアカネを失うかもしれないという思いからくる涙へと変っていた。
「………」
アカネは口をつぐんだまま、見えない目を俺に向けている。
「ずっと、ずっと一緒なんだぜ??」
「………」
「きっと、毎日が楽しいはずだよな??」
その日々を想像し、俺は心の奥から生まれてくる笑みを涙の中に浮かべていた。
「………」
流れる涙に抵抗するように目をなんとか開き、アカネをまっすぐに見つめ
「………だから、だから!!」
(そんな悲しいことを言わないでくれ!!)
と、続けようとしてまた涙にむせんだ俺に、アカネはぽつりと言った。
「……………………………イヤです………」
「あ、アカネ………?」
え………
なぜ………
そんな………
「……そんなの、イヤです……」
「………!!!」
涙が止まり、俺はその重ねられた言葉に下顎をわずかに震わせることしかできないでいた。
「………」
そ…ん…な………
俺の……勝手な…思い込み………なのか…
指先が何かにすがるように震えだし
それ以上少しも先へと思考が進まない、進のが怖い。
そんな…
そんな………
俺は…、俺は……どうしたら…………
しかし悲しみをたたえてうつむき、言葉を続けたのはアカネだった。
「………これ以上…これ以上、ツトムさんに迷惑をかけるなんて……イヤです…」
「………!!!」
「だから…もう、いいんです」
「迷惑なんかじゃない…俺が!俺が、そうしたいんだ!!」
俺はようやくアカネの言葉の意味を理解し、必死になって気持ちを叫んだ。
しかし、アカネはまっすぐ強い目で、けれどやさしく俺を見つめ
「……いいんです、……もう」
と言った。
「ちっともよくなんかねぇよ!!バカ野郎!!」
俺はまたそんなことを言い出したアカネへのもどかしさで泣き、叫んでいた。
が
今度はアカネの両の眼から
まぎれようもない
喜びからもっとも遠い涙が流れ出した
堰を切ったようにそれは流れ続けた
「……もう、終わりなんです……」
次いで、口元がゆがみ、悲しみより悔しさから生まれたような言葉が漏れた。
「……あ、あ……かね……?」
俺は何故アカネが急に涙を流したのかわからず、怒りや悲しみが霧散してしまったように、ただアカネの変化に呆然としていた。
「何で…そんな……」