14.
「……ダメなんです、…思い出してしまったんです」
アカネは力なく、夏の夕立にずぶぬれになるように頬を濡らす涙のわけを話し続ける。
「……何を、何をだよ!?」
「……運命………」
「……な、何言ってるんだよ…アカネ…?」
アカネは開いた右手で目の下を押さえるようにして、流れる涙を止めようと抗いながら、ぽつりと言った。
「……夢を………夢を見たんです」
「……夢…?」
「……そうです……私が『作られる』夢です……」
「……『つくられる』……?」
「…長い夢でした……」
感情を抑え、
「……それはもう、気が遠くなるほど……」
1つ1つを思い起こすように言葉をつなぐ。
しばしの間の後、涙を手の甲で軽くぬぐい、顔を上げて落ち着きを少し取り戻したように俺を見つめ
「……私の記憶は嘘だって言いましたよね……?」
「……ああ」
悲しく、つらい考え方だったが、アカネはそう納得していた。
「……違ったんです」
「……えっ!?」
「…………全部が、嘘…なんです」
「…ど、どういう……」
悲しみにつつまれながらも、冷静に目の前の現実を見つめるようにアカネは説明しようとした。
「…全部、作られたものだったんです……そう、全部」
しかし、すぐに悲しみが押し寄せ、涙声になってしまう。
「…私のすべては作り物だったんです……」
「……髪も、顔も、……目も、記憶も、性格も……」
そこで少しまた感情を抑えるように頭を振りながら顔を上げ、はっきりと
「……神様が作ったんです……」
そう、言い切った。
「ツトムさんに、会わせるために……」
涙にまみれながらアカネは続ける。
「私は………プレゼントなんです」
「…………」
「……神様からの、プレゼントなんです」
俺は……何も言えない……
「私は……ツトムさんに……悲しいってことを気付かせるために、贈られてきたんです……」
「…………」
「だから、3日だけなんです…この世界に……ツトムさんといられるのは……」
「…………」
「…それ以上過ぎたら、…消えちゃうんです…全部……」
「…きっ、消える!?」
俺はようやく声を発した。わずかながら「アカネが消える」という言葉に現実味が感じられたからだろうか。
(それは、いったいどうなるってことなんだ……)
声になりきらない思いを察してアカネが言う。
「はい……記憶も、感情も…表情も、言葉も……」
「そ、そんなバカな!?」
「…………3日だけの、人生なんですよ……」
「………」
声が出なかった……
そんな、そんな話がこの世に存在するのだろうか……
でも、目の前にいる少女はいつもおかしかった。
あの日、なぜあそこにいたのか。
なぜ、目も見えないのに俺の家を自由に歩き回れたのか。
なぜ、あんなにも簡単にキノコを採ることができたのか。
答えは、簡単だった。
彼女の行動も、定められていたのだ。
血も涙もない、神に。
「……ツトムさん、……私、夢があったんです……」
考えごとから引き戻されたとき、アカネはまた涙をぬぐっていた。
しかし、俺の方はいつのまにか涙を流していた。
「………ゆ…め……?」
声がまともに出やしない。
「はい……ちょっと…子どもっぽいけど……」
「……どん……な、夢、なんだ……?」
アカネは涙の残る顔でニコリと笑い、
「……笑わないで…くださいね?」
と、前置きした。
「……ああ…」
その笑顔が嬉しくて、笑わないと言いつつも涙混じりの笑みは浮かんでしまったが…
「…花に囲まれて、眩しいくらいの花に囲まれて…眠るのが……夢だったんです……」
「………」
声は出なかったが(そうか……)と、目をせいいっぱいに開いて自分の幸せな夢を楽しそうに話すアカネを見つめていた。涙はぼろぼろと流れるままだったが。
しかしその幸せも束の間…
「……でも、でも……」
また、アカネは涙にまみれてしまった。
「……それさえも……それさえも、作られたものなんて…ちょっと寂しすぎますよね……」
「…………!!!」
……そんな
…神は
……アカネから
………夢を見ることさえ奪いやがったのか……
ダメだ、胸が……胸が張り裂けそうに……
なんで、こんなに……
ちくしょう……ちくしょう!!
俺は!!俺は!!!
神への怒りと、何もできない自分への怒りに翻弄され、ぐらぐらと揺れる気持ちと定まらない視線でアカネを見つめていた。
が、突然、
アカネの力がフッと弱まった。
いや、精一杯張っていた気持ちが続かなくなったのだろうか、アカネの体がゆっくりと傾き、壁にもたれかかった。
俺ははっとしてアカネに寄り添い、壁との間に体を入れて支えた。
(!!!)
冷や汗が走る。
体が冷たい。
苦しそうに息をし、汗をかいている。
手足は力なく投げ出され、不自然にねじれている。
すぐ楽な姿勢になるように直してやったが、もはやアカネは自分でそれを動かすこともできないのだとわかり、戦慄が走った。
それに追い討ちをかけるようにアカネが消え入りそうな声を発した。
「……もう、お別れみたいです…」
「な、何言ってんだよ!?」
「…もう、変えられないことなんです……」
「バカ野郎!!そんなの俺が許さねぇ!!」
叫んでみたところで何もならないのはわかっていた。
でも、俺は自分にできる何かを、意味が無いと知りつつも、何かをしていないとそれがアカネをあきらめることになりそうで……泣き叫び続けていた。
「……ツトムさ……ん」
そんな俺を、こんな時になってまで気遣い、ムリな笑いを浮かべ
「………こんな、時には…」
気管につまった息を苦しそうに(コフッ)と吐き出し、
「笑って……『今までありがとう』……ですよ……」
と、言ってゆっくりと口を、次いで目を閉じた。
「あ、アカネ!?」
「アカネっ!?アカネっ!?アカネっ……!!!」
動かない
アカネは動かない
もう…アカネは動かない……
すべてが、失われてゆくような気がした
いや、すべてはそこにそのままあるのだろうが、すべてが何も意味を成さない暗闇に取って代わられてゆくような感覚につつまれ、俺はどこへも向かえない叫びを抱えていた。
叫んでも叫んでも
その叫びは何にもひっかからず
周りの全てが暗闇に飲み込まれていくようで
いつしかそんな無力な叫び声さえ、俺は出せなくなっていた
声の無い叫びが心の隅でこだまする
こんな、こんな思いなんか知りたくなかった!!!
何で、何で、こんなっ!!
俺に……俺にできることは……もう………………………