3.


ガキはきょろきょろと周りを見回している、見えてないのに。
それに何が楽しいのかニコニコしてやがる。
「ここが、え〜っと…?」
「ん、ツトムだよ。『虎井ツトム』だ」
「俺はベルゼバブだ」
「私はアカネです。『旭アカネ』っていうんです」
「…で?」
「いや、ここがツトムさんの家なんだなあ、…と」
「お前じゃない」
(?)
という顔をしているガキを無視して
「おい、ベル公」
と呼びかけた。
「あん、俺かよ…何だ?」
(ったく、誰がこんな事態を引き起こしたと思ってんだ…)
「…ちょっと来い」


俺はベル公を促して奥の部屋へ向かった。
隅の壁際にもたれて腕を組み、どう切り出したものかと考えていると都合よく向こうから核心にふれてきた。
「何だよ、早く殺っちまえよ」
「…そのことだ」
俺の意志とは関係なく組んだ腕に力が入る。
「あん?どーしたんだよ?」
「…本当に殺るのか…?」
「…………はあ?」
ベル公の声の調子が変わった。呆れと懐疑の混じった声だ。
魔物なら誰だってそういう反応をするだろうことはわかる。俺だってそうだろう。
だが…、俺の体をつつむ緊張はその度合をさらに増す。
これから話す俺の迷いとそれに対するベルの反応に備えるように。
「だからよ…ほんっとうに殺るのか、って言ってるんだよ…」
「おいおい、お前どーかしちまったんじゃねぇのか?」
「………」
(俺だって…わからねぇよ、自分でも自分がどうしちまったのかなんて)
言いよどんだ俺を急かすようにベル公が続ける。
「とにかくよぉ、人間を食えるなんて滅多にねぇんだから早く殺っちまえって言ってんだよ」
「……そーだけどよ……」
「………同情か?」
なんで人間なんかに…と思いつつ、俺は目線をベル公から避けるように外し
「……………かもな」
と、ようやく答えた。
「あのなぁ、俺らは魔物なんだぜ」
(ああ…そうだ。今更言われるまでもない)
「魔物は人間を食う、って大昔から決まってんだよ!」
「…わかってるけど…」
そんなこと気にしたことなんてなかった…今までは…
「………」
「………」
「………ちっ」
沈黙に耐えかねるようにベル公が舌打ちをしたが、俺の声帯と首筋は強張ったように動かない。
「………」
「そうか、じゃあな」
軽い、けれど明らかに不満そうな声だ。
「……ああ」
俺はそんな返事をするので精一杯だった。
そしてベル公の羽音は聞こえなくなった。


「はぁ…」
気が抜けた、というか余計に重くなったというか…つい大きなため息が出た。
「…あ、あの…」
(!…ん、ガキか…何だ…?)
俺は緊張をふるい落とすように大きく息をしてガキのいる部屋に戻り、可能な限り平静を装って
「どーした?」
と聞いた。
(……?)
何かガキの様子がさっきまでとは少し違う…
「えーっと…」
ますます声も小さくなっておそるおそるってな感じだ、…何かあったのか?
「…何だよ?」
「…その…」
「……?」
「お腹すいちゃいましたっ♪」
………俺は自分の瞳孔がめいっぱい開くのを感じた。
顎もそれに合わせてあんぐりと開いた。
そして思わずそのまま前に出てコイツの頭にあてがっていしまいそうな衝動にかられた。
とても食えるような気力はなかったが…


さいわい、木の実の蓄えがあったのでそれを使って料理した。
アカネというガキがそれを食べる。
俺はそれを見ている。
トン、とガキが木のスプーンを置く。
「ふぅ、お腹いっぱいです」
満足そうだ。
そりゃあそんだけ食えば満足だろうよ。
「…そりゃよかった」
「あの………」
そんなしおらしい声ででも「デザート」なんてぬかしやがったらホントに食ってやろうか……食わねぇけどよ…。
「…怒ってます?」
「………そりゃな」
蓄えは1人分しかなかったから当然晩飯も1人分。
それは仕方がない。
でもよ、よく考えたらベルが勝手に呼んだだけで俺は関係ねぇのになんで俺が飯抜きなわけ??
「……あの〜?」
「……何?」
「え〜っと……帰り道がわからないのですが…」
「ん、あぁ、そうだな」
いつまでもメシのことを恨みがましく言ってるもんじゃない。相手はガキなんだし…
「それと、さっきから気になってたんですが…」
「ん、何?」
「ベルゼバブさんはどこに…?」
「ああ、ベル公は帰ったよ」
俺は軽く流したつもりだったが、ガキは急に肩をすくめるように小さくなって言った。
「そう…ですか、何かケンカをしてたようでしたけど……?」
ギクッ
(やべっ、もしかして聞こえてた…?殺すとか、食うとか…も?)
「何を言ってたかはわからないんですけど、なんとなく…」
…そりゃ一安心。とはいえ、何と言ったもんか……
「あ、ああ、えっと…」
「やっぱり、私のせいですか?」
ガキはますます沈んだ様子で俺を見る。
「へっ?、いや、違うよ、うん」
俺はどぎまぎして冷や汗を以上にかいていた。
(……、何で俺が人間ごときをかばわなきゃいけねえんだ…?)
あきれたあいつの顔が浮かぶ……
(しかもベル公の期限を損ねてまで…)
わかんねぇな……、けど
(…………ま、いっか、別に特別悪いことをしているって気にもならねえし…な)
「…あの…?」
ガキが何もしゃべらない俺に不安になったようにおずおずと声をかけてきた。
(おっと…、普段のクセで考え事に没頭しちまった)
「あっ、悪い悪い、家だったな…」
「はい」
いくぶんかは落ち着いたようだ。ガキも、…俺も。しかし日も落ちちまったしな…
俺はこう提案した。
「今日はもう遅いし、帰るのは明日にしたら?」
獣たちが襲ってくることなんざ俺だけなら問題はないが、このガキを連れてるとな…。
それに街のやつらもこのガキがいなくなったことに気付いていれば俺のことを警戒してるだろうから、一緒にいるところを見つかったら面倒だし。
「えっ、でも…」
「俺は外で寝るから」
「…へ?そ、と…ですか?」
「そ、俺の趣味の1つ」
「は、はあ…趣味ですか」
何か不思議なものを見るような目をしてやがるが、人間と俺とじゃ趣味の差もあるだろう。それだけのことだ。
「んじゃ、勝手にどの部屋でも使っていいから、おやすみ」
「…へ?ええっと、どうも…」
俺は夜の風を求めてさっさと家を出た。

なんとも疲れる1日だったな…。



◇


「ふぅ」
(ちょっとキンチョーしたぁ…)
ごろんと横になると、知らないところなんだけど、すごく落ち着く感じがした。
(う〜ん…何か少し変な人だけど…、ツトムさん、いい人だなぁ)
(今日は久しぶりに人とお話したなぁ)
(でも…明日、帰るのかぁ…)
(うーん…)
(どーせ街に帰ってもつまんないし…)
(もう少しだけ…ここでお世話になれないかなぁ……?ん…)
口の中、奥歯の間にさっきの木の実のかけらが残っていた。
舌で転がして前歯でかみくだく…、おいしい、………。
(お料理、私だけにくれて……)
(ツトムさん、何で私みたいなのに優しいんだろ…)
(………)
考えたけど、よくわからなかった。それより眠気が勝ってしまう。
(ふあぁ……寝よっと)
(今日は…いろいろあったけど、あっというまの1日だったなぁ……)



◇

「ふう、……俺、何やってんだろ」
俺は明日の朝のために木の実を集めながらまた独り言をつぶやいていた。
ふと振り返り、すそ野の街の方に目を向けた。わずかに街の灯が見える。
(人間なんて……自分勝手で、傲慢で、うるさいだけだと思ってた……)
(なのに、アイツは何だ?)
(……弱々しくて、ちょっとどこか抜けてて、申し訳なさそうにオレを見る……)
(見えない目で)
2人分には十分なくらいの量を採り終えて草の上に横になり、つぶやいた。
「……見えない目…か」
俺は目をつぶり、眠りの中へ落ちる前の闇を感じていた。
しかし、すぐに意識はいつもようにぼやけ始めた。
なぜか今日会ったばかりの「たかが人間のガキ」のことが気になっていたことがいつもとは違っていたが。


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