4.

目が覚めた。
「ふう……」
しばらくぶりのため息の出る朝だ。
珍しく重い体をのそのそと動かして立ち上がる。
「今日はあいつを街の近くまで送って、しゃくだけどベル公にわびいれて、きょうこそ狩りだな……ん?」
今日の計画を立てながら家に入った俺の目の前には予想外の光景があった。
「……むにゃむにゃ……」
玄関で寝てやがる。
何でこんなところで…どっかの部屋から転がってきたのか?
「う…ん…」
(ん…起きたか?)


「…………おはようございます〜」
ため息なんて無縁の清清した顔。いい気なもんだ。
「ん、あ、ああ、おはよう」
そう俺が返した後、
「?!」
ガキの表情が焦点の合わないものに一瞬で変わり、
「あ」
と何かに気付いた様子で服をごそごそやっている。と思ったらまたあのおずおずした様子で
「あ、あの……」
と言ってきた。
ノミでも取ってほしいのかと思ったが
「…お風呂入りたいんですけど…」
(風呂ね…)
「家を出てすぐ右」
俺は木の実を持っていたため顎でそちらを指した。でも見えないんだからその必要もないのか。
「へっ……?」
(ん、聞き取れなかったか?)
「風呂だろ?家を出てすぐ右だよ」
「あ…露天風呂ですか♪?」
「いんや、湖…つーか池か?」
「……はい?」
耳も悪いのか、こいつ?
「だから家を出てすぐ右」
「いや、それは聞きましたけど……」
「そこの、湖……か池」
「……(は…、ま、いいか)」
ガキが(コクン)とうなずいた。
間がいくぶんあったがなんとか理解したようだな。
「んじゃ、朝飯作っとく……周りで木の実やら拾ったから」
調理場へ向かおうとする俺をガキが引き留めた。
「はい…、あ着替え……」
「着替え…?」
「貸してほしいんですが……」
(着替え…ねぇ。う〜ん……ずっと前に食った人間の服があるけど……)
「なあ?」
「はい?」
「血まみれでもいい?」
「…い、いえ、やっぱりこの服でいいですっ!」
ガキは一瞬の間をおいてぴしっと答えた。なぜかしゃんと背筋まで伸ばして。
(急にききわけがよくなったな?よくわからん…やっぱりおかしなやつだ)
「そ、んじゃ行っといで」
「は、はい」
言うが早いかガキは家を出て行った。


(…さて、始めるか)
木の実の外皮をむいてゆく、
…昨日あいつは中の皮もむいていたから取ってやるか
「ふう、だりぃな…何で俺が木の実なんか…」
…つい独り言が出ちまうな、やれやれ…ま、今日は俺の分もあるからまだましか…
ん、俺の…分?
「………そーいやベル公…何食ったんだろ?」
「何も食ってねえよ!!」
ドカッ!
「う、うわ!!あ、いてっ!!」
急に声がしたので驚いて後ろ足を床に置いた重しの石にぶつけてしまった。
「……何やってんだよ、お前」
犯人…、というか声の主は疑うべくもなくベル公だった。
「おっ、お前がいきなり出てくるからだろ!!」
「ばーか、そうじゃねぇよ…あのガキだよ」
「……へ?」
足をぶつけた怒りも腹立たしさもいっぺんに消え、心臓が怯えたような鼓動をうち始める。
あのガキの話になっただけで…
「あ……ああ」
「もしかして、面倒見るとか言うんじゃねぇだろうな…?」
「いや、街に帰すつもりだよ……今日にでも」
何故、俺の声には覇気がないのだろう…。
「ふん、そんなめんどくせーことしなくても……食っちまえば早いのによ…」
「そんなこと…わかってるけどよ」
何故、俺は言いよどむのだろう。
「まっ、俺には関係ねぇけどな」
俺にだって関係ないはずだったのに…、
「……悪かったよ。後で狩りに行こうぜ?」
「はぁ…今日こそ飯にありつけるか……」
本当に何も食っていないんだろうと思わせるため息をベル公は吐いた。
「水飲み場に行けば鹿でも牛でもいるだろ……」
「そーだな。まっ、早いとこアイツを家に帰したほうがいいぜ」
ベル公の機嫌も少し上向いたようだ。
確かに、あのガキがいなくなれば俺の調子も戻るだろう。
「あぁ、わかってるよ」
(このままじゃ、ますますどうかなっちまいそうだしな…)
と、モヤモヤを振り切ろうとしたとき
「ツトムさーん!」
外からガキの声が聞こえた。
「おっと、俺は帰るぜ?」
「あ、ああ、んじゃあな」
ベルが壁の穴から出て行ったのを見届け、俺は玄関にガキを迎えに出た。


すでにガキは家に入ってきていた。
が、何かを腕に抱えているようだ。
「えっと、ツトムさーん?」
「何だ?俺はここにいるぞ?」
「あ、コレ見てください!」
ガキが満面の笑みとともに差し出したのは両手いっぱい山盛りの…
見たまんま「毒!」って感じの怪しげなキノコだった。
「お、お前…これどーした?」
毒の胞子でも飛んでるんじゃないかと俺の本能が大量の冷や汗を分泌し、体を半歩ほど後ずさらせた。
「えっと適当に見つけてきたんですけど……」
どこから湧きでてくるのか、自信たっぷりな様子でずずいっと俺に迫り
「食べれそうなのあります??」
と大量の成果に嬉しそうな表情で聞いてくる。
しかし現実は現実だ。

「無いな」

俺は「ど」がつくほどきっぱりと断定した。
「そ、そんなにあっさり言わなくても……」
俺の言い様にショックを受けたようだったが、身の危険が至近距離にあることを考えれば引くわけにはいかない。
「だって、全部やばそうなのばっかだし」
「う〜、ちゃんと見てくださいよ…」
ガキは不満たっぷりな様子でこのまま引き下がりそうにない…ちゃんと見てやるか、ムダだと思うが…
「ん〜っと……ワライダケがやたらいっぱいあるな…あと何だこりゃ?うわ、すげー毒々しいキノコが……」
「……じゃあ、…」
あきらめるよな。
「チャレンジですねっ!!」
「誰がするかぁぁっ!!!」
何の悪意もないのだろうがその提案に俺は真剣に大声を上げた。
それに驚いたというよりはキノコが全滅だったことの方がショックだったらしく
「せっかく拾ってきたのに…」
と沈んでいる。
「俺の木の実だけで十分だよ、もうできてるから飯にするぞ」
「…はぁ、そうですか」
返事はしたものの必死にまだ何かを考えている様子で、また何を聞いていたのか
「じゃ、じゃあお料理しますっ!」
と、少しどもりながら言った。
「いや、だから終わったってば」
「えっと、じゃあ、鹿でも狩ってきますね!
「いや、無理だろ……」
できもしないことを何でいきなり…と俺が言う間もなくガキは続ける
「じゃあ、熊!!」
「余計無理だっつーの」
「じゃあ、意表をついて人間っ!」

(!!!……)

ギクッとして思わす喉が鳴り、今までにない冷や汗がダラダラと背筋を流れ落ちる。
「……どうしました?」
いぶかしげに、それと(何かまずいことでも…)というような感じでこっちをうかがっている。
目が見えない分こういう空気の変化には敏感なのだろうか…
「い、いや、何でもないよ…」
と言いつつ絶対そうは聞こえないのが自分でもわかる
「……めちゃくちゃどもっているように聞こえるのは、私の気のせいでしょうか…」
何かこのガキまで不安から冷や汗をかいているような…
(こいつ、気付いてるんじゃないのか………?)
「……?」
(でも…何も考えてないようにも見えるが……………ええぃっ!)
「とにかくっ!何もしなくてもいいっ!飯食うぞ!」
俺はこの雰囲気から逃れようと、話をムリヤリ切り上げた。
「は、はあ」
俺は後ろを振り向くこともせずに木の実を持った皿を取ってテーブルへ向かった。




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