5.
食事はいい。
その間は何も冷や汗をかくことがないからだ。
ほどなく木の実だけが乗った少々物足りない皿が空になった。
「ふぅ、どうだ?結構うまかっただろ?」
久しぶりにしてはまあまあの出来だ。と俺は思ったが、、、
「け、結構どころかめちゃくちゃおいしかったですよ…」
驚いたような面持ちで少し興奮してガキはそう言った。
「そうか?いつもは肉ばっかり食ってるからな…」
「朝もお肉なんですか?」
(!!……いかん…)
一瞬木の実が逆流しそうになったがそれを飲み込むようにして
「えっ?あ、いや、違うよ!」
と、否定した。
(何でいちいち墓穴を掘るようなマネばっか…)
「え?じゃあいつもは何を食べてるんですか??」
「いや、その……あ、朝はいつも何も食べないんだ」
「え、そうなんですか」
「う、うん」
確かに…食べないこともあるし…な。
ガキが急にしゅんとしてうつむく。
「すいません、私に合わせてくれて…」
「へっ?いや、別にいいよ、うん」
口からでまかせだったがなんとかやり過ごせたようだ。
「さてと……」
ほっとしてそう口にしたものの何も出てこない。
さてと、…って何を言おうとしたのだろう?俺は…
「……」
ガキはさっきの「すいません」の顔のままうつむいている。
「……」
「……」
「……」
「……」
結果。
(か、会話が続かん……)
(いや、そもそも人間とどんな話をすればいいんだ??何かしゃべりゃその度に冷や汗かくようなことばっかりだし…)
「…あの、……?」
(ちっくしょう、ベル公がいれば少しはマシなのに…)
「あの〜??」
(大体ベル公が悪いんじゃねぇか…勝手に連れて来やがって、ああもう、何で俺がこんなこと…)
「あの─────!?」
「うわっ、な、な、何!?」
いかん、また独り言モードに入っていてガキがいることを忘れてた…
あわてて顔を上げると、ガキは大声で俺の独り言を中断させたわりには神妙な表情をして
「えーっと、その…」
歯切れの悪い調子でおずおずと何か言おうとしている。
「…どうした?もう帰るか」
俺もいくぶん落ち着いてそう尋ねた。
「えっ、いや、そうじゃなくて…」
小さな手を焦るように自分の前であたふたと動かして否定する。
「………そうじゃなくて?」
「…えーっと…ですね…」
促したつもりだったのだが、何かガキはさらにうつむきかげんになってゆく。
「何だ?言ってみ?」
俺が首を下げ、少しガキの顔を覗き込むようにするとガキはすっと伏し目がちだった顔を上げ
「もう少し…ここにいさせてもらえないでしょうか……?」
と、ひどく控えめに言った。
(……?)
聞こえなかったわけではない。
しかし、俺はその言葉の意味を理解しかねて
「…………へ?」
と、口をぽっかりと開けて固まっていた。
(もう少しここに、いる、だって?)
「街にいるより、こっちのほうが楽しいんで……」
続けて出たガキの言葉でようやく言おうとすることが理解できた。
(ここに、いたい…っていうのか!?)
「だっ、ダメだって!!家に帰らないと!!」
俺は放心していた顎の筋肉をムリヤリたたき起こして必死に言葉を発したが
「私、何でもしますから!!」
ガキは今までに無い必死さと真剣さを込めた声でそう叫んだ。
(……いかん、まずい、何とかしなけりゃ…)
俺は完全に押されているのを感じ、しどろもどろになりながらなんとかその申し出を却下しようとした。
「だ、だってさ、そ、そうだお母さんが心配するよ??」
我ながら白々しい文句ではあると思ったが他に何も出てこなかった。
しかしガキはさらに沈んだ声で
「あ…、お母さんは…もう…」
消え入りそうにその問いに答えた。
「えっ…?」
「……………」
(死んだ、のか……。目が見えない上に、母親まで……)
「だから…その、お願いします…」
ガキは再び少し顔を上げたかと思うと小さくなるように頭を下げ、静かに、しかし強く俺の動揺しきりの心に迫ってくる。
「えーっと……いきなり言われても…なあ」
俺は適当に言葉をつないでなんとか思い止まらせる理由を探そうとする。
が、そういう時間かせぎをしていることさえ何か自分を追いつめているような気がしてきた。
(うぅ…ここで断ったらまるっきり悪者じゃねえか…)
「ダメ…ですか?」
ガキは何も頼れるものを持たず、ただうつむいて俺の答えを待っている。
作りのチャチな髪飾りで左右に分けられた青い髪に覆われた頭。
擦り切れの目立つ粗末な服で覆われた肩。
つぐまれた唇。
その全てがとても小さく、どんどん小さく、弱々しくなってゆくように感じられた。
(………)
俺の奥の方で何かが変わったのか、何か…ガキの存在がいままでとは違うものに感じられた。
ガキの必死さに打たれてか、雰囲気のいたたまれなさによってか、それはわからなかったが。
(………………………………………よし、ゴマカシはやめだ)
俺は腹をくくった。
「よし、わかった!!」
「えっ?!」
ガキは弾かれるように生気のわずかに戻った顔を上げた。