8.
「ツトムさーん!!今度はどうです??」
夕食の準備をしていると外から声がした。
振り向くと、両手いっぱいにアレを抱え、「今度こそ!」といった意気込みでせまってくるあいつの姿が見えた。
「ま、またキノコを採りに行ってたのか……?」
「はい!すごく楽しいです!!」
確かに楽しそうだ。それはかまわない。しかし、
「今日だけで5回目だぞ……?」
ちなみに前の4回は全滅。でもこいつにくじける様子はみじんもなく、「さあ見てください」とばかりに差し出してくる。
「どうぞ!あ、食べられそうな草も混じってますけど」
「食べられそうな…草!?」
「と、いうか野草かな?」
どれ、俺はとその野草とやらをつまみ上げたが、俺は固まった。
「………お、おいこれトリカブトじゃねぇか……」
「…食べれます?」
「猛毒じゃあああ!!!」
「えっ、じゃあ……」
「チャレンジなんかできるかあああ!!!」
「えっと、じゃあ他のはどうですか??」
(またやっちゃった……)という顔を一瞬したもの、相変わらずの粘り強さで聞いてきた。
「……」
俺は荒くなった息を落ち着かせしながひとつひとつ吟味したが
「……」
このキノコたちでは、いくら息を飲んで見つめられてもこいつの期待に応えることはできそうになかった。
「……た、頼むから家畜の餌にもならんような物を選んでくるのはやめてくれ……」
「えっ?選んでなんかないですよ??」
「……」
「……?」
……そりゃそうだ、見えてないんだから選べるわけは…ない。でもそうだとしたら
(よ、余計にたちが悪い……)
これはある意味での才能なのだろうかと思いつつ俺はキノコなしの夕食作りに戻った。
夕食も終わり
「おいしかったですねぇ〜」
とガキは満足そうに笑った。
「ん、そうだな…」
「孤児院の1000倍おいしいですよ!」
「お、おい……ブタの餌でもこれより1000倍もまずくないと思うぞ…」
「じゃあ、ブタの餌以下ですね」
妙に納得してそう言い切る。
「……本気で?」
「えぇ、本気ですけど?」
(……こりゃ帰りたくねぇってのもわかる気がするな……)
「あ、ご飯のこともあるんですけど…」
俺の思いに答えるように、しかし急に少し明るさが消えた感じでガキが話し始めた。
「……?」
「孤児院では、私…いつもひとりぼっちなんです」
「え、だって……」
「私、目が見えないから……」
「……」
(目が見えないから、友達にはなれない…ってか。ふん、最低のヤツらだな…)
「だから、嬉しかったんです……」
「……そっか」
「はい……あ、お皿洗いますね」
ガキは急に声を明るくして立ち上がった。
「あ、ああ、…いいの?」
俺はその変化に少し戸惑ったが
「え?これは私の仕事だって言ったじゃないですか〜」
と嬉しそうにささっと皿を重ねて持ち上げた。
「あ、ああ、そうだったな……」
「気を使ってくれなくても大丈夫ですよ」
「え、あ、悪い…」
そして軽い足取りで洗い場へ歩いて行く。
その後ろ姿を見ながら俺は
(なんか……よかった…な)
と感じていた。
2日目。
「ん〜、今日もいい天気ですね〜」
「そうだな…」
昼食後、俺たちは森に来ている。
「さて、がんばりましょう!!」
ガキは気持ちよさそうに大きく伸びをした後、くるっと俺に向き直り。やる気満々といった感じでそう言った。
「……なあ」
「はい?」
「ほ、本当にやるのか……?」
ちなみに俺のやる気はこいつの1000分の1もないだろう。
「当ったり前ですよ!!」
「しかしだなぁ……キノコなんか別に食いたくないだろ??」
「プライドの問題です!!」
「だからって…何で俺まで…」
ガキはピッとひとさし指を立てて得意そうに
「その場で食べれらるかどうか、ツトムさんに聞けたほうが早いじゃないですか〜」
と言ってのけた。
「ま、まぁそうだけど…」
「んじゃ、開始ですっ!!」
さあ行くぞって感じでガキはキノコを採りに走り出した。
(…危ないっての……)
やれやれと思いつつ俺はその後を追った。
5時間後。
夕焼けが真っ赤に森を染め上げる。
「う〜……もう見つからないよ〜……」
「ここら辺のは採り尽くしちまったぞ〜!?」
「諦めちゃダメです!!!」
「そんな問題じゃねぇと思うんだが……」
さらに2時間後。
とっぷりと日は暮れて
「うぅ……見つからないよぅ……」
「つーか、見つかってもこんなに暗くちゃ俺が見えんわ!」
「私は大丈夫ですけど…?」
「あったりまえだぁっ!!!」
「そ、そんなに大きな声出さなくても……」
「とりあえず俺の家に帰るぞ!!」
「え!?ちょ、ちょっと待ってくださ〜い」
「だぁ〜、早くしろっ!!」
俺の大声のせいで手の中から落としたものを必死に拾い集めている。
食えないといったはずのキノコを……
大事に抱えて必至に俺の後をついてくる……
「はぁ…、見つかりませんでしたね……」
意気消沈、といった様子だ。
「…そうだな…」
(食べられるやつ、はな)
あまり役立たない才能を発揮して、捨てるしかない毒キノコは捨て切れないくらい採ったが。
念のため、と懇願されてもう一度吟味してみたもののやはり見事に全滅だった。
「………せっかくがんばったのに…」
「……」
「……」
「ま、まあ…、その、あっ、明日もあるだろ??」
俺はできることならやめておきたいという気持ちと、これ以上落ち込まれるのはかなわないという気持ちのせめぎあいからそんなことを口にしたが
「……はい…」
「…そうだよ…明日"も"あるんだよ……」
ガキの元気のない様子を見ると…
何だか、キノコを探しに行きたい、何とか明日、食べられるキノコが見つかるといいなという気持ちになっていた。
「……はい」
わずかにガキの顔に元気が戻ったような気がした。
「……」
「……」
「じゃあ、俺…寝るから」
「…はい」
俺は出口へ向かった。
家を出ようとしてふと足が止まった。
「……なぁ?」
「はい?」
しばしの沈黙が流れた。
「……いや、何でもねぇや」
「……」
「おやすみ……」
「…はい」
わずかに明るがこもったガキの返事を確認し、家を出た。
その俺の背中を見送るように今度は力のない声がかけられた。
「……おやすみなさい」
かすかに聞こえたその声は風になでられる丈の長い草のように弱々しく、俺の耳にとどいたのが不思議なくらいだった。
ツトムさんの背中を見送って、私はしばらく佇んでいた。
一日中歩き回って疲れてはいたけれど、なんだかこのまま眠ってしまいたくないという心残りがあった。
(楽しかった、けど…)
(今日も、役に立てなかったな……)
(あしたは、見つかるかな…)
(あした…)
(あした、が終わったら…、帰るんだよね……)
(約束したから…)
それは、きっといつまで起きていても消えないもののような気がした。
役に立てないことだけじゃなくて、眠れば、明日が来るということ。
明日も、きっと楽しい日になるだろう。
それはいい。
でも……、眠ればここにいられる1日がひとつ終わってしまう。
かけがえのない1日が終わってしまう。
あと、1日だけになってしまう。
せめて自分の意志で終わらせたくないと思い、眠ってしまわないために横になることを拒んだ。
壁にもたれ、足が訴える疲労感を少しでも忘れようとした。
けれど、抵抗も空しく次第に膝は折れ、上体は傾き、ふっと私の意識は溶けていった。